2次元電子系におけるフリーデル振動の観察

蟹沢 聖 山口浩司 平山祥郎
量子物性研究部

 半導体微細構造を用いて作製される光・電子素子は、現在のIT技術の発展を基盤技術として支えてきた立役者の一人である。これらの半導体デバイスにおける信号処理の仕組みでは、デバイス中の電流すなわち素子を流れる「粒子」としての電子の数を、外部信号により制御することをその動作原理としてきた。しかしながら量子力学によって示されているように、最先端の微細加工技術によって作製されるナノメータースケールの半導体素子では、電子は「粒子」であるとともに「波」としての性質を持つ。昨今では、この電子の「波」としての性質を利用した素子が数多く提案され、実用に至っている。このような背景のもと、我々は表面の凹凸がわずか百分の1ナノメートル程度と極めて平坦かつ良好な電気伝導を示すインジウム砒素(InAs)表面を独自の結晶成長技術により形成し、半導体極薄膜中に形成された2次元電子の「波」としての振る舞いを、低温STMを用いた観察によりナノメータースケールで直接視覚化することに初めて成功した[1,2]。
 図は貫通転位とよばれる欠陥の周辺において観察された電子波(フリーデル振動)である。池に投げ込まれた石が作り出す波紋と同様に、欠陥が電子波を散乱することによって形成される同心円状のパターンが明瞭に観察される。量子力学によって示されているように、この波の周期は電子の持つ運動エネルギーと密接な関係があり、高いエネルギーを持つ電子ほど波の周期は短くなる。図から明らかなように、異なるエネルギーに対する観察結果は、まさにこの波長とエネルギーの関係を正確に再現している。この関係の詳細な解析によりInAs中における電子の質量(有効質量)が実験的に求まるが、観察により得られた電子の質量は他の実験により報告されている値と正確に一致し、ここで見られている波紋が半導体中で電気伝導を担っている2次元的伝導電子によるものであることが強く示唆される。

[1] H. Yamaguchi et al., Jpn. J. Appl. Phys. 38 (1999) 635.
[2] K. Kanisawa et al., Phy. Rev. Lett. 86 (2001) 3384.

図1局所状態密度像として観察されたフリーデル振動。コントラストの濃淡は電子の存在確率におおよそ比例する。各図左上にフェルミ準位を基準とした電子エネルギーを示す。


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