半導体スピン・フィルタの提案

古賀 貴亮 新田 淳作
機能物質科学研究部

 将来の電子デバイスにおいては、電子の持つ電荷の自由度とともにスピンの自由度の利用が新機能発現の鍵となると考えられている。これまでは、このような観点から、(i)強磁性金属/非磁性半導体接合を利用したスピン注入、(ii)ゲート電圧による非磁性半導体2次元電子気体中のスピン歳差運動の制御、(iii)希薄磁性半導体を利用したスピンの磁気的制御、などの研究が行われてきた。今回、我々は、半導体へテロ構造中の電場によるスピン−軌道相互作用と共鳴トンネルデバイス構造を組み合わせることにより、材料の磁気的性質を一切使用しない(非磁性半導体のみで実現可能な)半導体スピン・フィルタを提案した [1]。このスピン・フィルタは、ほぼ100%の効率でスピンを選別することができ、将来的には量子ビットや磁気メモリの情報読み出しデバイスに応用できる可能性を秘めている。
 提案するスピン・フィルタは、井戸層、障壁層にそれぞれIn0.53Ga0.47As、In0.52Al0.48Asを利用した三重障壁構造をしている(図1)。また、これらの障壁層が適当にドープされた結果(barrier1, barrier3はn型にbarrier2はp型にドープされている)、図1(b)(c)に示すような特徴ある山型のポテンシャルが実現している。これにより、最初と次の量子井戸中(それぞれwell1、well2と呼ぶ)に形成される共鳴トンネル準位は、図1(b)(c)のようにスピン分離を起こし、エミッタ・コレクタ間電圧(VEC)を制御することにより、2つの違ったスピン状態の電子を取り出すことができる。図2に示したのは、トランスファ・マトリックス法によって計算した、いくつかのデバイス構造に対する提案デバイスのI-V特性である。図2(a)のように山型ポテンシャルが最も急峻なデバイスでは、I-V特性上のピークのスピン分離が最も大きく、図2(c)のように井戸中のポテンシャルが平坦なデバイスにおいては、ピークの分離がみられないことがわかる。今後は、提案デバイスを実際に作製し、実験による動作の検証を行う予定である。

[1] T. Koga, J. Nitta, H. Takayanagi, and S. Datta, Phys. Rev. Lett. 88 (2002) 126601.

図1 本研究で提案する非磁性半導体共鳴トンネルスピン・フィルタ
図2 I-V特性

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