光電子顕微鏡によるカーボンナノチューブの電子状態観察

鈴木 哲 渡辺義夫 荻野俊郎 本間芳和
先端デバイス研究部

 カーボンナノチューブ(CNT)は1〜10nm径の擬一次元構造、高い電流輸送密度、強靱な機械的強度、高い化学的安定性等の特徴を有するため、ナノ配線/デバイス、電界放出電子線源、走査プローブ顕微鏡の探針等への応用等が盛んに研究されている。CNTは通常、先端に半球状のキャップ構造を有しており、ここでは側壁とは異なる電子状態が期待される。我々は、90nmの高い空間分解能を持つ光電子分光装置(走査型光電子顕微鏡)を用い、CNTの軸方向に沿った局所電子状態を測定した。その結果先端で観測された特異な電子状態について報告する[1]。
 Si基板上に垂直配向した多層CNT試料のC1s光電子顕微鏡像を図1に示す。CNT先端付近が明るく観察されており、CNTがほぼ一様な長さで成長していることがわかる(一部に見られる配向の乱れは試料の破断時に生じたものと思われる)。図1に示した各点から得られた価電子帯光電子スペクトルを図2に示す。側壁部のスペクトルは場所に依らずほぼ同一であり、いずれもフェルミレベル上の状態密度はほとんど観測されない。これは側壁部がグラファイトと同様に半金属的な電子状態を持つことを示している。一方、先端ではフェルミレベル上、およびその近傍に非常に大きな状態密度が観測された。これまでに、CNT先端に6個存在するとされる五員環の影響によりこのような状態密度が形成されると理論的に予測されてきた。しかしながら今の場合、CNT先端を形成する六員環の数は約4500個と見積もられ、6個の五員環がスペクトルにこれほど大きな影響を及ぼすことは考えられない。この結果は、CNT先端は原子レベルでは閉殻構造を有しておらず、多数の欠陥を含んでいることを示唆している。CNTのフェルミレベル上の状態密度は本来小さいことから、欠陥状態がCNTの電子特性を大きく作用すると考えられる。

[1] S. Suzuki et al., Phys. Rev. B 66 (2002) 035414.

図1 配向CNTのC1s光電子顕微鏡像。
図2 CNTの局所領域から得られた光電子スペクトル。測定箇所は図1に示した。

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