神経回路の可塑性

神保泰彦 河西奈保子 韓 春錫 鳥光慶一
機能物質科学研究部

 「シナプスの可塑性」が生物の記憶・学習機能を担うとする考え方は既に普遍的なものとなっている。しかしながら、分散処理(sparse coding)が特徴であるとされる生物の脳神経回路で、「シナプスの可塑性」がどのように統合されているかはまだほとんどわかっていない。我々のグループでは、マイクロ電極アレイ上に再構成した神経回路(図1(a))を使って、多数のニューロンの長時間・非侵襲的な活動計測を実現した。さらに、固体/液体界面の電気化学特性を考慮した、制御性、再現性に優れた電気刺激システムの開発[1]により、誘発応答の変化を高い精度で検出することが可能になった。
 本研究では「神経回路の可塑性を誘発応答の変化として観測する」ことを目標に、特定の活動を繰り返し誘起することによる時空間パターン変化の誘導を試みた。実験に用いたラット大脳皮質培養神経回路は、活発な自発活動を示し[2]、その上に外部からの入力に対する応答が重畳するという点で、in vivoでの脳神経系のアクティビティと高い類似性がある。図1(b)は、記録した53個のニューロンのうち1つについて、入力に対して発生した活動電位時系列を示している。入力(stim.)よりも早いタイミングで生じている活動が自発活動である。10秒に1回の入力を1時間継続、合計360回というセッションを3回に渡って積み重ねた際の応答変化を上から順にたどることができる。刺激入力から数10msの区間の応答に、徐々に構造が形作られていく様子がわかる。多数のニューロンが各々示す変化は必ずしも一様ではないが、そこには「入力パターンとの相関関係」に基づく一定の規則が存在することが明らかになりつつある。従来の手法と異なり、数日から数週間にわたる変化を連続して追跡できることから、今後、「より生物らしい学習」の本質に迫ることを期待している。

[1] Y. Jimbo et al., IEEE Trans. Biomed. Engng. 50 (2003) 241.
[2] T. Tateno et al., Phys. Rev. E 65 (2002) 051924.

図1 電極基板上で培養した神経回路(a)と履歴に依存したその応答変化(b)

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