半導体中のスピン軌道相互作用制御

古賀 貴亮 新田 淳作
機能物質科学研究部

 スピン軌道相互作用は、半導体中のスピン歳差運動や、スピン上向き下向きのエネルギー差(スピン分離)を決める重要なパラメータである。従って、その大きさ(強さ)を制御することは、スピンの自由度を利用した新しいエレクトロニクス−半導体スピントロニクス−分野発展の鍵となると考えられている [1,2]。 ラシュバのスピン軌道相互作用は、半導体へテロ構造における、構造反転対称性の崩れに起因し、量子井戸のポテンシャル形状を変化させることにより制御可能であることが指摘されてきた。しかしながら、このスピン軌道相互作用に起因するスピン分離の大きさは一般的に小さく、定量的な値の見積もり(測定)はこれまで困難であった。本研究では、ラシュバスピン軌道相互作用の大きさの測定法として、電子輸送現象における反局在解析を利用し、定量的且つ系統的な測定に初めて成功した [3]。
 図1は本研究で用いたIn0.53Ga0.47As量子井戸のポテンシャル図を示したものである。系統的な測定を行うため、量子井戸の上下にキャリア供給層を設け、量子井戸ポテンシャル形状の対称性を変えたサンプルを四種類用意した。これらのサンプルの低温(0.3 K)での磁気抵抗を図2(a)に示す。サンプル量子井戸のポテンシャル形状が非対称になればなるほど、磁場ゼロ付近で抵抗が極小になる反弱局在の現象が強く現れ、スピン軌道相互作用が強くなることがわかった。図2(a)に示す曲線は、これらの実験結果をフィットする理論曲線であり、その際のフィッティング・パラメータよりラシュバのスピン軌道相互作用係数αの値が見積もられる[図2(b)]。また、図2(b)に示す曲線は、図1に示すサンプル量子井戸のポテンシャル形状から予測されるαの理論値であり、k・p摂動法によって求めた。この図に示すように、反局在解析により実験的に求めたα値とk・p摂動法によって求めた理論的なα値は、非常によい一致を示すことがわかった。

[1] S. Datta and B. Das, Appl. Phys. Lett. 56 (1990) 665.
[2] T. Koga, J. Nitta, H. Takayanagi and S. Datta, Phys. Rev. Lett. 88 (2002) 126601.
[3] T. Koga, J. Nitta, T. Akazaki and H. Takayanagi, Phys. Rev. Lett. 89 (2002) 046801.

図1 反弱局在解析に用いたIn0.53Ga0.47As量子井戸のポテンシャル図。実線、短破線、長破線、破点線はそれぞれ、サンプル1−4を表す。
図2 (a) 図1で示すサンプルの低温(0.3K)での磁気抵抗。○□△▽はそれぞれ、サンプル1−4の結果を表す。 (b) 反弱局在解析から見積もられたαの値。挿入図は、同じ結果を零磁場スピン分離エネルギー△0でプロットしたもの。

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