単一光子光源を用いた量子暗号実験

井上 恭
量子物性研究部

 将来いかなる技術革新があろうとも、量子力学の基本原理により絶対に安全であることが保証された量子暗号システムの研究が進められている。量子暗号は、光子の非直交状態を用いて暗号化・復号化のための秘密鍵を配送するシステムで、非直交状態間の不確定性のため盗聴者が100%の確率で状態を特定できないことを安全性の基本原理としている。これまで、平均光子数を0.1/パルス程度まで減衰させたレーザ光を用いて実験がなされているが、レーザ光の光子数はポワソン分布に従うため、有限の確率で1パルスに2個以上の光子が存在し、このパルスから盗聴者が情報を得ることが原理的には可能である。盗聴情報量は伝送損失が大きいほど大きくできることが理論的に知られている。そのため、レーザ光を用いたシステムでは長距離伝送ができず、長距離化のためには1パルスに2個以上の光子が存在し得ない単一光子光源によるシステム実験が望まれていた。今回、スタンフォード大学と協力し、世界で初めて単一光子光源を用いた量子暗号実験に成功した。
 用いた単一光子光源は、スタンフォード大で作製されたInAs半導体量子ドット(直径20nm、厚さ4nm)である。効率良く光子を取り出すために、ポスト型の微小共振器内に埋め込まれている(図1)。この素子にポンプ光パルスを照射すると、特定の準位間から1パルスあたり1個の光子が放出される。実際の素子における光子の出力効率は約6%、パルス当り2個以上の光子が存在する確率はレーザ光の1/10であった。この光源を使い、4偏波状態間の不確定性を利用する量子暗号方式(通称BB84)の実験を行った。その結果、送受信間に誤り率2.5%で所望の相関が得られた。このデータに誤り訂正・秘匿性増強などの処理を施し、安全な秘密鍵を生成した。最終秘密鍵生成率は25kbit/sであった。さらに、弱レーザ光との比較実験を行った(図2)。低効率のため損失小の領域ではレーザ光より鍵生成率が劣っているが、秘密鍵生成可能な損失限界は本光源の方が大きいという結果が得られた。これは本光源の単一光子性によるもので、単一光子光源を用いることにより量子暗号システムの長距離化が可能なことが示された

[1] E. Waks et al., Nature 420 (2002) 762.

図1 単一光子光源
図2 暗号鍵生成率

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