超伝導磁束量子ビットにおける多光子吸収過程

齊藤志郎 M. Thorwart 田中弘隆 中ノ勇人 仙場浩一 上田正仁 高柳英明
機能物質科学研究部 デュッセルドルフ大学
NTTリサーチプロフェッサー・東京工業大学大学院理工学研究科

 現在実現されているいくつかの固体量子ビットの中で、超伝導磁束量子ビットは集積化と長いコヒーレンス時間を両立できる素子として有望である。この量子ビットは、3つのジョセフソン接合を含む超伝導ループから構成され(図1)、ループを流れる右回り|0>と左回り|1>の超伝導電流が、量子ビットの2状態に対応する。超伝導電流にはマクロな数のクーパー対のコヒーレントな運動が関与しており、この系は巨視的重ね合わせ状態を実現できる系としても注目されている。本研究では、巨視的重ね合わせ状態間の多光子吸収過程を初めて観測し、その定量的な解析から量子ビットのコヒーレンス時間を見積もることに成功した[1]。
 図2(a)に、量子ビットのエネルギー準位の磁場依存性を示す。ここで、は量子ビットのループを貫く磁束、(= )は磁束量子である。図中の矢印の長さは、光子(量子ビットに印加するマイクロ波)のエネルギー(9.1GHz)に対応しており、特定の磁場で起こる共鳴励起を模式的に表している。また、=1.5に見られる0.56GHzのエネルギーギャップは、この系が|0>と|1>という巨視的量子状態の重ね合わせ状態にあることを示している。
 量子ビットの読み出しには、超伝導量子干渉計(dc-SQUID)を用いる(図1)。量子ビットの超伝導電流が作り出す磁束の向きに応じて、dc-SQUIDのスイッチング電流がわずかに変化する。この変化 を磁場に対してプロットしたものが、図2(b)である。磁場の増加とともに、量子ビットの状態が|0>から|1>へと変化していく様子が分かる。さらに、図2(a)から予想される磁場の位置に、多光子吸収を示す共鳴ピークとディップが見られる。このディップの半値半幅のマイクロ波強度依存性は、ブロッホ方程式とdressed atom描像から導かれる理論式で定量的に説明でき(図3)、その結果5nsという量子ビットのコヒーレンス時間を得た。この値は、マイクロ波パルスを用いた別の実験から得られたコヒーレンス時間とも整合する。

[1] S. Saito, et al., cond-mat/0403425.

図1 超伝導磁束量子ビット(内側のループ)と読み出し用のdc-SQUID(外側のループ)
図3 共鳴ディップの半値半幅(HWHM)の マイクロ波強度(P)依存性。実線は理論
図2 (a) 量子ビットのエネルギー準位
  (b) 量子ビット読み出しの磁場依存性

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