差動位相シフト量子鍵配送

井上 恭
量子物性研究部

 量子力学の原理により、いかなる盗聴法に対しても安全性が保証された秘密鍵を2者に供給する量子暗号の研究が進められている。これまでいくつかの方式が提案されてきたが、それぞれに、ファイバ伝送に不適、安定動作が困難、高速化が困難、などの難点があった。本研究では、高速・安定動作が可能な新しい量子暗号方式を提案し、その基本動作実験を行った。
 図1に新提案方式(差動位相シフト量子鍵配送)の構成を示す。送信者は、{0、π}でランダム位相変調されたコヒーレントパルス列を、平均0.1光子/パルスのパワーで送出する。受信者は、受信パルス列を1ビット遅延干渉計透過後に光子検出する。この時、2連続パルスの位相差が0ならDET1が、πならDET2が、光子を検出する。ただし、受信レベルは0.1光子/パルスなので、光子を検出するのは平均10パルスに1回(検出時刻は確率的)である。光子の送受信後、受信者は光子検出時刻を送信者に伝える。送信者は自分の変調データからその検出時刻にどちらの検出器が光子を検出したかを知る。そこで、DET1による光子検出を「0」、DET2による光子検出を「1」とすれば、送受信者は同じビット列を得る。この際、送受信者間で交わされるのは時刻情報のみでビット情報は外部には漏れないので、これを秘密鍵とすることができる。本方式は単純な位相変調と受動干渉計とで構成されており、導波路回路の適用等により安定動作が可能である。
 以上の原理によるシステムの基本実験を行った。0.8μm半導体レーザからの光を位相変調し、空間系による干渉計透過後に光子検出したところ、図2の結果が得られた。所望の送受信相関が得られており、基本動作が確認された。

[1] K. Inoue, E. Waks, and Y. Yamamoto, Phys. Rev. Lett. 89 (2002) 037902.
[2] K. Inoue, E. Waks, and Y. Yamamoto, Phys. Rev. A 68 (2003) 022317.


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