断熱的波長変換による短パルス発生

田辺孝純 納富雅也 谷山秀昭 倉持栄一
量子光物性研究部

 フォトニック結晶微小光共振器を用いると光をµm3以下の小さな領域にns以上保持することが可能である[1]。光は高速であるが故「光子を捕捉している間に光子の性質(例えば波長)を操作する」という概念は従来あまり検討されてこなかった。しかし弦を弾いた後でも弦の張力を変えれば振動している弦の音色を変えられるように、光でも光子捕捉時間が十分長ければ、光を共振器に閉じ込めている間に共鳴波長を変化させて光の波長を変化させることが理論的には可能なはずである[2]。これを断熱的波長変換と呼ぶ。今回我々はそれを実験的に観測し、さらには断熱的波長変換を介して光を共振器から高速に取り出し非常に短いパルスを発生させることにも成功した[3]。チップ上に集積可能な高Q 値微小光共振器から任意のタイミングで光を高速に取り出す実験は光メモリの実現に向けた第一歩である。
 図1に今回用いた線欠陥幅変調共振器[1, 4]の電子顕微鏡像を示す。線欠陥のカットオフ波長が線欠陥幅に依存することを利用して、幅を狭めた線欠陥の一部の空気穴を外側にシフトさせて共振器を形成している。入出力光導波路は幅を広げた線欠陥を利用する。共振器に連続光を入射させて光を貯めた後、急に入力を切ると共振器に蓄積されていた光が観測される。出力光を波長分解したのちに時間波形を測定した(図2)。共振器を変調させない場合は入射光波長のまま指数的に減衰するのに対して、0 psのタイミングで励起光をスラブ上面より照射して共振器の屈折率をキャリアプラズマ分散効果によって低減させると、共鳴波長がシフトして断熱的波長変換が起き共振器内の光波長が短波長に変換された。
 今回用いたデバイスにおいて閉じ込められている光の波長が断熱的波長変換によって短波 長にシフトすると、幅の狭い(幅98%)線欠陥のカットオフ波長に近づくため線欠陥による閉じ込め効果が緩くなり入出力導波路と強く結合するようになる。その結果もともと高Q 値の共振器から高速に光を導波路に取り出すことが可能となる(図3)。実験より共振器に変調を加えると共振器中の光を元の光子寿命よりも早く導波路へと取り出せることが分かった。
 フォトニック結晶微小共振器では光を長時間閉じ込められるので、断熱的波長変換過程を介して光の性質を操作でき、高Q値共振器から素早く光を取り出すことが可能となった。

[1] T. Tanabe et al., Nature Photon. 1 (2007) 49.
[2] M. Notomi et al., Phys. Rev. A 73 (2006) 051803.
[3] T. Tanabe et al., Phys. Rev Lett. 102 (2009) 043907.
[4] E. Kuramochi et al., Appl. Phys. Lett. 93 (2008) 111112.
 

図1  線欠陥幅変調フォトニック結晶微小光共振器。
 
図2  出力光の波長分解時間波形(上)変調なし(下)変調あり。
図3  変調のある場合とない場合の出力光の時間波形。

【前ページ】 【目次へもどる】 【次ページ】