通信波長帯発光材料エルビウムシリケイトの作製とその発光特性

尾身博雄 俵毅彦
機能物質科学研究部 量子光物性研究部

 最近シリコンフォトニクス用の通信波長帯の発光材料としてエルビウム化合物が注目を集めている。エルビウムシリケイトはエルビウム化合物の一つであり、この結晶はEr3+イオンを1022 cm-3程度内包し、その量はシリコン中のエルビウムの固溶限界の約1,000 倍に相当する。したがって、エルビウムシリケイトは通信波長帯の1.5 µmの近赤外光を発光する材料あるいは1.5 µmの近赤外光を増幅する光アンプの材料として大きな可能性を秘めている。本研究では、シリコンフォトニクス用の通信波長帯の発光素子および導波路型光増幅器の開発を目指し、シリコン基板上にエルビウムシリケイト膜を成長し、その光学特性を顕微フォトルミネッセンス(PL) 法により評価した[1]。
 実験では、シリコン熱酸化膜(SiO2) /Si 基板上に酸化エルビウムをスパッタリング法により室温で成長し、その後、アルゴン雰囲気中で加熱処理を行うことによりEr2O3 + SiO2 => Er2SiO5の界面反応でエルビウムシリケイト膜を作製した。ここで、熱処理によるエルビウムシリケイトの形成は放射光斜入射X線回折によりその場で確認した。顕微PL測定における励起波長は532 nmとし、測定温度は4-300 Kの範囲で変化させた。
 図1(a)は、SiO2 /Si 基板上に1250℃の熱処理により形成したエルビウムシリケイトからのPLスペクトルである。この図から分かるように、Er2SiO5 膜のEr3+の4f 軌道の4I13/2 - 4I15/2の遷移に対応する波長が1.54 µmで発光することが確かめられた。図1(b)は波長1.54 µmのPL強度の温度依存性を示す。PL強度は70 K以上では温度上昇に伴い増加しており、この振る舞いは通常の温度依存性とは異なっている。この異常な温度依存性は、温度増加にともない波長532 mの非共鳴励起光がフォノンの助けを借りてEr3+の4f 軌道の2H11/2準位へと徐々に共鳴吸収され、そのためEr3+2H11/2 準位より下位の4I13/2 - 4I15/2 準位間の遷移の発光が増すという機構により説明することができる。一方、励起波長が共鳴吸収の条件、たとえば980 nmと800 nmの場合にはこのような異常な温度依存性は起こらない。以上の結果は、励起波長の適当な選択によりEr3+イオンの温度消光の問題が解決できることを示している。

[1] H. Omi, T. Tawara, and M. Tateishi, AIP Advances 2 (2012) 012141.
 

図1  エルビウムシリケイト膜のEr3+からのPL (a)、PL強度の温度依存性 (b)。

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