急峻な電流特性を有するトランジスタを用いた微小信号検出

西口克彦 藤原聡
量子電子物性研究部

 電界効果トランジスタ(FET)は、ゲートに印加された信号によって電流が変化するスイッチング素子として情報処理回路に利用されている。一方、スイッチング特性を用いることで、ゲートに印可された信号を検出できるため、高感度センサにも利用されている。FETセンサは、電流特性が急峻になるほど、微小なゲート信号で電流が大きく変化するため感度が向上するが、通常この電流特性の急峻さ(subthreshold swing: SS)は熱揺らぎによって限界が生じる(室温で60 meV/dec)。一方、ノイズが大きくなると出力信号が埋もれてしまうため、ノイズを抑制することもセンサには重要となる。今回、我々は、熱揺らぎの限界を超えるSSをもつトランジスタを用いることで、ノイズに埋もれた信号を検出することに成功した[1]。
 素子は、ナノスケールの細線チャネルと2層構造のゲートで構成される(図1)。UGを用いてLG両端のチャネルにソースとドレインを電気的に形成し、LGでチャネルを流れる電流を制御する。ソース−ドレイン間に強電界を印加すると、インパクト・イオン化によって、電子−正孔対がドレイン端に発生する。正孔は、チャネルのボディ領域に流れ込み、チャネルを流れる電子電流を増幅し、インパクト・イオン化をさらに促進する。このフィードバックによって電流が急激に増幅し、熱揺らぎに影響されない急峻な電流特性が得られる[2]。2層ゲートの細線チャネルを用いることで、電流の制御性が向上し、またドレイン電圧が大きくなるほど電流特性は急峻になり、SSは〜1 mV/decに達する(図2)。
 今回、ノイズに埋もれた信号を検出するため、確率共鳴を用いる。確率共鳴は、ノイズを重畳した微小信号が、系の反応し得る閾値を超えることによって、系が微小な信号に反応する現象である[3]。FETでは非線形な電流特性が確率共鳴を発現させ、ノイズに埋もれた微小信号をゲートに印可すると、入力信号と相関をもつ電流(出力信号)が流れる。今回、SSが小さく電流特性の非線形性が強いほど、またヒステリシス特性を示すほど、入出力信号の相関が高くなることがわかった(図3)。また、ヒステリシス特性を示す素子を並列に接続しアンサンブル出力を取ることによって、入出力相関をさらに改善できることを確認した。これらの特徴を利用することで、ノイズに埋もれた環境でも微小な信号を検出することが可能なセンサの実現が期待できる。
 本研究の一部は最先端・次世代研究開発支援プログラム(GR103)の助成を受けて行われた。

[1] K. Nishiguchi and A. Fujiwara, Appl. Phys. Lett. 101 (2012) 193108.
[2] K. Nishiguchi and A. Fujiwara, Appl. Phys. Express 5 (2012) 085002.
[3] L. Gammaitoni et al., Rev. Mod. Phys. 70 (1998) 223.
 

 
図1  素子の上面図(左上)、断面図(右上、左下)と電子顕微鏡写真(右下)。
図2  電流−LG電圧特性。
図3  微小信号検出。

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