量子メモリと超伝導量子ビットの結合系におけるエネルギー緩和

松崎雄一郎 中ノ勇人
量子電子物性研究部

 量子情報を実現するための有力な方法のひとつとして、複数の異なる物理系を組み合わせたハイブリッド型の素子の利用が挙げられる。近年、ハイブリッド系の中でも特に、超伝導量子ビットとスピンアンサンブルの結合系が着目を集めている[1]。超伝導量子ビットは制御性が高いため量子プロセッサーとしての役割を担い、スピンアンサンブルはそのコヒーレンス時間の長さから量子メモリとして用いることができる。また、超伝導量子ビットのエネルギーは可変であるために、エネルギー差を利用することで、スピンアンサンブルとの相互作用のon/offを任意のタイミングで切り替えられると考えられてきた。
 しかしながら我々は、このようなエネルギー差を利用した相互作用制御法では、量子メモリに著しいエネルギー緩和が起きてしまうことを発見した[2]。超伝導量子ビットは環境と強く結合しており位相緩和が起こるが、その影響が相互作用を通じてスピンアンサンブルにも伝播してしまう。その結果、スピンアンサンブルに蓄えた量子状態のエネルギーが環境に放出されてしまい、エネルギー緩和時間が減少してしまう(図1)。この現象は、環境によってハイブリッド系にアンチゼノン効果が引き起こされ、エネルギー緩和が加速したと解釈できる。
 このようなエネルギー緩和を抑制するため、我々はデコヒーレンスフリー部分空間を用いる相互作用制御法を提唱した[2]。これは現在の技術でも実装可能なプロトコルであり、長寿命量子メモリ実現のために役立つと考えられる。
 本研究は科研費の援助を受けて行われた。

[1] X. Zhu et al., Nature 478 (2011) 221.
[2] Y. Matsuzaki et al., Phys. Rev. B 86 (2012) 184501.
 

図1  メモリ量子ビットのエネルギー緩和時間と超伝導量子ビットの位相緩和時間との関係。結合定数25 MHz、エネルギー差1 GHzの場合の数値計算結果をプロットしている。

【前ページ】 【目次へもどる】 【次ページ】