遷移金属ダイカルコゲナイド薄膜のMBE成長

小野満恒二 Aleksandra Krajewska Ryan Neufeld 前田文彦 熊倉一英 山本秀樹 
機能物質科学研究部

遷移金属ダイカルコゲナイド(TX2)は、グラファイトに代表される層状物質の一つで、弱いvan der Waals力で層間が結合している。TとXの組み合わせにより、絶縁体・半導体から金属まで様々な性質を示す物質が存在することが知られている。この中で、我々は半導体のMoSe2に注目して研究を進めている。

本研究では、GaAs(111)B基板上に、原子層ステップが確認できる平坦なGaAsバッファ層を成長し、その表面をSe終端した後、ウェハスケールで層数制御したMoSe2薄膜を分子線エピタキシ(MBE)成長した。図1は走査透過電子顕微鏡(STEM)によるMoSe2の直接観察の一例である。図から、MoSe2がGaAsの1分子層ステップを乗り越えて横方向に成長していることがわかる。図1は2層のMoSe2に対するSTEM像であるが、成長時間を変えることにより、様々な層数のMoSe2を得ることができる。このような層数の異なるMoSe2に対してラマン測定を実施し、スペクトルの層数依存性を調べた。測定は、GaAs(111)B上に成長した約1層, 約2層および4層以上のMoSe2に加え、参照試料としてSe終端したGaAs(111)Bに対しても行った。図2にA1gピーク付近のラマンスペクトルを示す。これまでの剥離したバルク単結晶に対する研究から、MoSe2の層数が増えると、層間相互作用により、A1gピークが高波数側にブルーシフトすること、3層以上のMoSe2では異なる位相の振動により、A1gピークがスプリットすることが知られている[1]。我々のMBE成長した薄膜の測定で得られたラマンスペクトルでも、層数が増えるにしたがってA1gピークがブルーシフトしており(図2)、ピーク位置から見積もられる層数は、STEM像で直接観測される層数とよく整合していた。一方、MBE成長した薄膜に対する測定では、ピークの明確なスプリットは確認できなかった。これは、試料が面内で局所的に次の層の初期形成核を含み、層数が±1層程度揺らいでいるためと考えられる。

本研究の結果は、MBE法という、高品質な半導体薄膜の作製に従来から用いられてきた手法により、ウェハスケールで層数を制御したMoSe2薄膜を作製できることを意味している。今後、この手法を用いて他のTX2層状物質を成長することにより、様々なTX2を組み合わせたヘテロ構造の実現へと繫がることが期待される。

[1]
P. Tonndorf et al., Opt. Express 21, 4908 (2013).

図1 GaAsステップ付近のMoSe2の断面STEM像。Se終端したGaAs上では、MoSe2は二次元成長することが可能で、さらにGaAsステップを乗り越えることができる。

図2 A1g付近のラマンスペクトル。層数が増えるに従い、高波数側にピークシフトする。