シリコンにおける直接・間接光学遷移の電界制御

登坂仁一郎 西口克彦 藤原 聡 
量子電子物性研究部

バルクシリコンの伝導帯は複数のエネルギー極小点をもつ多バレー構造を取り、間接光学遷移型のバンド構造をもつ。一般に光子が担う運動量は、結晶中の電子がもつ運動量に比べ小さく、シリコンの伝導・価電子帯の極小点に存在する電子・正孔間の双極子遷移では、運動量保存則が成立しないため効率的な発光は困難である。今回我々は、通常の酸化膜界面で観測されるバレー分離に対し一桁以上大きな巨大バレー分離を発現する特殊なSi/SiO2界面[1]で、直接・間接光学遷移のゲート電界制御を実現した[2]。通常のSi/SiO2界面では、バレー分離は拡張ゾーン有効質量理論により記述され[3]、その大きさはゲート電界とSiO2ポテンシャルによる実空間上の電子波動関数の閉じ込めにより調整が可能である。この理論の拡張を行うと、直接光学遷移の強さはバレー分離の大きさにほぼ比例して増加することが予想され、巨大なバレー分離を発現する特殊なSi/SiO2界面では、強い直接光学遷移に伴う発光が得られ、その大きさがゲート電界により調整可能であることが期待される。

本研究で用いたデバイスは、井戸幅4.3または6 nmのSi/SiO2量子井戸をもつ電界効果トランジスタで、高温(1350°C)長時間(40時間)熱処理を行ったSIMOX (separation by implantation of oxygen) (001)基板を用いて作製した。巨大バレー分離は、SIMOX基板の埋め込み酸化膜(BOX)界面に電子を押し付けた際に発現することが知られている。このデバイスでは、正孔・電子をシリコン量子井戸に注入するため、p/n両型のコンタクトを形成している(図1)。上面(FG)/裏面(BG)の2つのゲートを利用し、量子井戸の電子・正孔波動関数の空間分布を調整する。図2に典型的な電流注入発光の裏面電圧(VBG)依存性を示す。VBG < 0では、バルクシリコンで支配的なTO (Transverse optical)フォノンを介した間接光学遷移が強く現れる。この領域でのバレー分離の大きさ(2Δ)は最大で数meVである。一方、ゲートの極性を反転させVBG > 0とすると直接光学遷移(NP)に伴う発光が支配的となり、バルクの直接光学遷移に対し800倍の直接光学遷移強度が得られた。 このときバレー分離はおよそ30 meVである。この結果から、バレー分離を調整することで、シリコンにおける直接・間接光学遷移をゲート電界により調整可能であることが示された。

本研究の一部は、最先端・次世代研究開発支援プログラムの助成を受け行われた。

[1]
K. Takashina et al., Phys. Rev. Lett. 96, 236801 (2006).
[2]
J. Noborisaka et al., Sci. Rep. 4, 6950 (2014).
[3]
F. J. Ohkawa and Y. Uemura, J. Phys. Soc. Jpn. 43, 907 (1977).

図1 デバイスの断面図。

図2 電流注入発光スペクトル。