カーボンナノチューブ偏光スイッチの理論

佐々木健一
機能物質科学研究部

 光の偏光は、物質の表面における光の反射や透過に見られる多様性の起源として極めてなじみの深いものである。一方、偏光は質量ゼロのゲージ粒子(フォトン)が内包する深遠なスピン(ヘリシティ)の自由度であり、自然法則に関する多くの新しい知見が偏光を用いて獲得されてきた[1]。そこで、もし偏光の2自由度を電気的に切り替える偏光スイッチがあれば有益である。
 我々は、カーボンナノチューブ(CNT)が透過する偏光方向が電荷ドーピングによって変わるという新奇な現象を予測した[2]。CNTは、軸に並行な偏光を吸収するが、垂直偏光は透過する[図1(左)]。これは、ドープしていないCNTの良く知られた性質であり、配向したCNTがポーラロイド偏光子として機能することを可能にしている[3]。CNTを電荷ドープすると、この偏光依存性が反転する。すなわちドープしたCNTは平行偏光を透過し、垂直偏光を吸収するようになる[図1(右)]。通常、偏光子の透過する偏光方向を変えるには偏光子そのものを回転する必要があるが、このドーピング依存性の理論によれば、空間的な回転をともなうことなく、CNT偏光子は透過偏光が90度反転する、すなわち電気的な偏光スイッチとして機能すると期待できる。
 最先端の光伝送技術において、偏光2自由度は、伝える情報量を倍増するために活用されている。直交する偏光に、映像や音声のように異なる情報を転写して伝搬させる。CNTの偏光スイッチは、極めて小さくて薄いポーラロイドフィルタのように、光伝送用に高度に微細化された構造の中での情報操作に活用できるだろう。

図1 (左)ドープしていないCNTは軸に垂直な偏光のみを透過する。(右)電荷ドープしたCNTは軸に平行な偏光のみを透過する。ドーピングにより透過する光の偏光が90度回転するので、配向したCNTは偏光スイッチとして機能する。