多層グラフェン/SiO2/Siヘテロ構造で構成された平面型電子放出素子

西口克彦1 義積大輔2 関根佳明3 古川一暁3 藤原 聡1 永瀬雅夫2
1量子電子物性研究部 2徳島大学 3機能物質科学研究部

 電子を放出する電子発生装置は、電子顕微鏡や電子線露光装置、材料改質、真空計など幅広い分野で使われている。電子の発生源は、熱電子を放出する電流加熱フィラメントが主流で、コーン型の電極に電界を印加して電子を放出するSpindt型素子[1]も研究が行われている。それぞれ、優れた特徴をもつが、いずれも高電圧や高真空環境が必要なためシステムも複雑で、また電子は放射状に広がるなどの問題があった。今回、これらの問題を解決する多層グラフェンを用いた平面型電子放出素子を作製した[2]。
 図1に電子放出素子の概念図と断面図を示す。素子は、n型Si、薄膜SiO2 (~6 nm)、多層グラフェン(~10 nm)のヘテロ構造で構成される。図2に示すように多層グラフェンに電圧Vgrapheneを印加すると、Si中の電子がSiO2をトンネルし、多層グラフェンに達する。このとき、多層グラフェンの仕事関数 (~5 eV)よりも大きなエネルギーをもつ電子は、多層グラフェン表面から真空中に放出され、電圧(100 V)が印加されたアノードにアノード電流Ianodeとして流れ込む。一方、多層グラフェン中のエネルギーが小さい電子は真空中に放出されずグラフェンに電流Igrapheneとして流れ込む。図3に、電子放出特性を示す。Vgrapheneを増加させると多層グラフェンへのトンネル電流Igrapheneが流れる。Vgrapheneが多層グラフェンの仕事関数よりも大きくなると、電子がグラフェン表面から放出されアノードに流れ込みIanodeが観測される。電子放出の効率(= Ianode/Igraphene)は0.3%で、我々がこれまで行った多結晶Siを用いた報告よりも4桁改善した[3]。これは多層グラフェンが薄く電子の散乱が少ないことから、電子が高いエネルギーを保持できるためで、多層グラフェンを1原子層まで薄くすれば、さらなる改善が期待できる(~1%)。一方、多層グラフェン平面方向の伝導度は、電子放出特性に影響しないことから、結晶欠陥が発生しやすい化学気相成長による大面積グラフェンを利用した大面積電子放出も実現できる。さらに、低い駆動電圧・低真空環境(~50 Pa)でグラフェン表面に垂直な方向に電子を放出するため、システムの簡素化が可能であるだけでなく、電子線露光、材料改質、水の電気分解など様々な利用が期待できる。また、このようなヘテロ構造を用いるとエネルギーの高い電子をグラフェンに注入できることから、電子放出以外にもテラヘルツ波発生やエネルギーバンド構造分析など、新たな応用の開拓にも繋がると考えている。

図1 電子放出素子の(a) 概念図と(b) 断面図。 図2 エネルギーバンド図 図3 電子放出特性