半導体人工分子

藤澤 利正
量子物性研究部

  半導体量子ドットは人工原子とも呼ばれるように、明確な離散的エネルギー準位に電子を詰めてゆくことができる。このような量子ドットを2個結合させ、各々のドットに一個づつの準位を考えることにより、人工的で制御可能な二準位系を作ることができる。ここでは、二重結合量子ドット(人工分子)の二準位系についての2つの実験を紹介する。
  我々の結合量子ドットは、AlGaAs/GaAs二次元電子ガスを狭窄することによって作製した(口絵写真参照)。左右のゲートによって左右の量子ドットのエネルギー準位を独立に変化することができ、中央のゲートによってドット間の結合の強さを変えることがでる。結合が弱い場合は、イオン結合的で、電子はそれぞれのドットに局在しており、静電的な結合によって相互作用している。結合を強くすると、共有結合的になり、電子はドット間をコヒーレントに行き来するようになる。我々はマイクロ波を用いた励起トンネル電流特性を調べることにより、イオン結合から共有結合に変化する様子を観測した。[1]
  もう1つの実験は、二準位系とボゾン環境との相互作用で、実際の原子や分子での光吸収放出現象と類似している。我々は、量子光学でのアインシュタインの関係、すなわち誘導放出と(誘導)吸収とが自然放出とボーズアインシュタイン分布関数によって結ばれていることを、結合量子ドットの制御性を活かしたトンネル電流の定量的な考察から明らかにした。また、実際の原子では、「光」の放出吸収がおこるのに対して、半導体では「音子」の放出吸収がおこっていることも明らかにした。[2]
  結合量子ドット(人工分子)における一連の実験結果は、粒子-波動の二重性という量子力学の基本的性質を単一粒子状態で人為的に制御できていることを示しており、さらにダイナミクスの研究を行うことにより、量子ロジックゲートなどへの応用が期待される。
  この研究は、デルフト工科大学Prof. L. P. Kouwenhovenら、東京大学樽茶教授との共同研究による。
[1] T. H. Oosterkamp, et al., Nature 395(1998)873. http://www.brl.ntt.co.jp/people/fujisawa/qdm/
[2] T. Fujisawa, et al., Science 282(1998)932.

図1:結合量子ドットとソース-ドレインコンタクトの模式図(上)と、対称準位と反対称準位の波動関数(下)。第一の実験では、コヒーレントなマイクロ波源を用いて対称-反対称準位間のエネルギー差を測定した[1]。二番目の実験では、ボーズアインシュタイン分布したボゾン環境からのノイズによる吸収・放出過程を非弾性トンネル電流から解析した[2]


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