冷却原子のボーズ・アインシュタイン凝縮へのダイナミクス

山下 眞 小芦雅斗 井元信之 向井哲哉 光永正治 
量子物性研究部

近年、レーザー冷却技術を駆使して、中性原子の気体を1 μK以下にまで冷却することが可能になった。このような極低温領域では原子は量子力学に支配された波の性質を示すようになる。ボーズ統計に従う原子では、多数の原子が最低エネルギー準位を占めるボーズ・アインシュタイン凝縮 (BEC) が観測されることになる。冷却原子のBECはこれまでにアルカリ金属原子系 (Rb, Na, Li) および水素原子を用いて実現されており、凝縮により巨視的なコヒーレンスを持った原子波が形成され、気体全体がいわゆる「原子レーザー」としての特性を持つことが明らかにされている。これらの実験では、冷却の最終段階で「蒸発冷却」と呼ばれる技術を用いてBECに到達する。図1のように磁気ポテンシャルの中に原子気体を閉じ込め、弾性衝突を通して高いエネルギーを持った原子を選択的に少しずつ蒸発させ、残りの気体の温度を効率良く下げている。ただし、BECが起きるような極低温では、原子が衝突する際の量子統計効果により、蒸発冷却そのものが大きな影響を受けることになる。
我々は蒸発冷却のダイナミクスを原子のボーズ統計性を考慮した量子力学的運動論に基づいて解析し、BECが形成される過程を理論的に解明した [1]。解析的手法を基礎とする我々の理論は、蒸発冷却の全ての温度領域で、アルカリ原子・水素原子といった原子の種類を問わず、実験を定量的に説明することが可能である。さらにこの理論は、より大きなBECを作製するための実験条件の最適化にも応用できる。図2にNa原子気体に対する蒸発冷却の解析結果の一例として、冷却に応じて気体のピーク密度が増大し凝縮する様子を示す(図中の矢印は、系がBECに相転移し、凝縮が始まった時点を表す)。図2から一旦凝縮が始まると気体密度は急激に増大し、BECが速やかに形成されることがわかる。この現象は、冷却原子が弾性衝突を起こした際に誘導散乱効果によって凝縮準位に優先的に遷移することによって生じる。蒸発冷却におけるBECの形成過程でも、光レーザーの場合と同様にボーズ統計性に由来する誘導効果が存在することが明確になった。
[1] M. Yamashita, M. Koashi, and N. Imoto, Phys. Rev. A 59 (1999) 2243.



図1 蒸発冷却の概念図       



図2 Na原子気体のピーク密度の時間変化


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