超短パルス軟X線による光励起電子状態のポンププローブ時間分解分光

中野秀俊 陸 培祥 西川 正 上杉 直
量子物性研究部

高強度超短パルスレーザ光を固体ターゲットに照射することによりターゲット表面近傍に生成される高密度プラズマは、サブkeVからMeV領域における超短パルスレーザ光と同期した短パルスX線源である。このような超高速X線源は、高い時間分解能を有するX線回折、吸収分光などを可能とし、物質の原子スケール、フェムト〜ピコ秒領域での動的特性解明に貢献することが期待される。
我々は、フェムト秒レーザプラズマX線とフェムト秒レーザとの組み合わせによる軟X線領域での時間分解吸収分光の実証実験を行った[1]。フェムト秒レーザパルス(790 nm, 100 fs)で励起されたSiのLII,III吸収端近傍での軟X線吸収変化の時間発展をフェムト秒レーザプラズマ軟X線(Taプラズマ、100 eV近傍でのパルス幅40 ps)をプローブとして使用することによって測定した。強度1010 W/cm2のレーザ光で価電子を励起することにより、吸収端の若干低エネルギー側で軟X線吸収の増加が観測された。この励起光強度は、試料の損傷閾値よりも遥かに低い値である。光励起による軟X線吸収変化を明瞭にするため、差分スペクトルを求めると、光励起による変化は99.5 eV近傍の鋭い谷として観測され、このような明瞭な構造は、吸収端近傍以外には観測されなかった(図1)。今回の実験条件下では、99.5 eVでの吸収変化は最大5%程度であった。また、99.5 eVにおける軟X線吸収変化をプローブパルスのポンプパルスに対する遅延時間の関数としてプロットすると、ストリークカメラで測定された軟X線パルス波形とほぼ一致した(図2)。これから、光励起による軟X線吸収変化の立ち上がりと回復時間は、共に40 ps以下であることがわかる。このような光電界による価電子励起に伴う固体における高速の軟X線吸収変化は、初めての観測である。観測された軟X線吸収変化の原因として、高強度光によってSi中に高密度生成される電子・正孔対がバンド端近傍のエネルギー構造を変化させることに起因する内殻から伝導帯への遷移エネルギーの変化、あるいは価電子帯における正孔生成による新たな遷移の出現の可能性などが考えられる。吸収変化の原因解明は、今後の課題である。
[1] H. Nakano et al., Appl. Phys. Lett. 75 (1999) 2350.


図1 レーザ光非照射(a)、照射(b)によるSi薄膜の軟X線透過率変化(c)              



図2 軟X線透過率変化のプローブX線パルス遅延時間依存性


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