GaAs量子細線における光学的にスピン偏極した電子のスピン伝搬特性

寒川哲臣 安藤弘明 安藤精後
量子物性研究部

量子細線等の低次元ナノ構造では、キャリア―キャリア散乱、キャリア―フォノン散乱等が低次元性を反映してバルクや2次元系とは大きく異なるため、スピンを整列した電子系のスピン緩和過程に次元依存性が強く生じる[1]。特に、単一電子モード量子細線では、同じ向きのスピンを持つ電子間では電子―電子散乱が完全に抑制されるという1次元系特有の現象が生じるため、スピン偏極伝導の実現が期待される。本研究では、スピン偏極した電子の拡散・ドリフト現象に着目した実験を行った結果、1次元系において10 μm 以上のスピン伝搬が実現できることを明らかにした[2]。
本実験には基板に対して垂直な側壁を持つトレンチ構造内に形成したpドープ矩形断面(12 nm × 12 nm)量子細線を用いた。細線の断面が極めて小さいため、電子のサブバンド間隔が大きく、単一モード状態が実現されている。顕微PL測定系において円偏光パルス(時間幅1.5 ps)を用いてスピン偏極電子を局所的に生成し、スピン偏極電子が細線方向に伝搬する様子を時間分解で観測した。特に、細線形成領域の端付近では細線断面が端の近くほど小さくなっているため、内部電界に起因する電子のドリフトが生じる。図1は、正規化したPL強度プロファイルであり、キャリアがドリフトしている様子が観測される。図2は、左右円偏光成分を分離して求めたスピン偏極度プロファイルである。励起直後ではスピン偏極度が空間的にほぼ一様であり、時間の経過につれて励起地点付近ではスピン緩和によりスピン偏極度が急速に低下するのに対し、ドリフトフロント部では高く保たれている。比較実験として、拡散だけが生じる均一な細線が形成されている領域で同様な測定を行った結果、スピン拡散距離は約1 μmであることも分った。本実験で得られたドリフトによる長いスピン輸送現象は1次元系に特有な電子スピン状態に依存した伝導特性を反映していると考えられ、量子細線のスピントランジスタへの応用の有効性を示している。
[1] T. Sogawa, H. Ando, and S. Ando, Phys. Rev. B 58 (1998) 1565.
[2] T. Sogawa, H. Ando, and S. Ando, Phys. Rev. B 61 (2000) 5535.

  
図1 PL強度空間プロファイル  




図2 スピン偏極度プロファイル


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