デバイス物理の研究概要

村瀬克実
先端デバイス研究部

今日のハイテク社会は半導体デバイスにその淵源があると言っても過言ではありません。これまでのデバイス開発は「より速く・より高機能に」を目指してなされてきました。この指針は基本的に今後も変わらないでしょう。しかし、今後はこれに加えて、地球の有限性を考慮にいれた、「環境に優しい」という視点をデバイス開発に取り込むことが是非とも必要です。

このような認識のもと、先端デバイス研究部では、究極の低消費電力デバイスといえる単電子デバイスを中心に、革新的デバイス開発のための研究を行なうとともに、さらにその先の新デバイス原理を創出することを目的として、半導体ウエハ表面全面にわたって原子の配列を人為的に制御するための研究、および新物性の発現を狙った研究を進めています。

単電子デバイスは、その名のとおり、原理的には電子1個で動作の制御ができるデバイスです。これでLSIをつくると、消費電力を現在の数万分の1程度にまで削減することができます。1994年に、私たちはシリコン(Si)を用いて単電子トランジスタを作り、室温での動作を世界で初めて実現しました。それ以来、Si単電子デバイスの集積化・高機能化に向けた研究、および、それを支える制御性の高いナノ加工技術の研究に力を注いできました。
これらの研究から生まれた平成11(1999)年度の顕著な成果を次ページ以降で紹介しますが、最初は、シリコン単電子インバータの実現です。 インバータは論理回路における最も基本的な回路であり、その実現は単電子論理LSI開発に向けての重要なマイルストーンです。
次に紹介するのは、ラフネスの小さな架橋型レジストの開発です。 デバイスのパターンはリソグラフィ技術により先ずレジストに形成しますが、その際、レジストの分子構造に起因して、レジスト・パターン側壁に凹凸(ラフネス)が生じます。そのラフネスは、現行のトランジスタではさほど問題にならないほど小さいのですが、単電子デバイスのような、ナノメートル台の寸法制御を必要とするデバイスにとっては重大な問題です。今回、架橋という手法を工夫することにより、有望な解決策を見いだすことができました。
Siデバイスの作製には、それが単電子デバイスであれ現行のデバイスであれ、熱酸化という手法は欠かせません。ところが、それが30年以上にわたって半導体産業のなかで用いられてきたにもかかわらず、熱酸化のミクロな機構はよく分かっていませんでした。ミクロな機構の理解に基づき熱酸化を超高精度に制御することは、とりわけナノデバイスの作製には重要です。シリコン酸化の統一理論は、そのような背景のもとで、スーパーコンピュータを駆使して行なった理論研究の成果です。
微細加工の極限は個々の原子を操作することですが、これをデバイス技術に結び付けるためには、人為的な原子操作が半導体ウエハ全面にわたってできることが要請されます。このためには、ウエハ表面での原子の挙動についての深い理解が欠かせません。4番目に紹介するSi超平坦面上の原子ステップダイナミクスは、Si表面にある原子ステップの挙動を目に見える形で明らかにしたものです。これは、独自に開発した、原子レベルで平坦な大面積表面を形成する技術と原子ステップ観察技術とを組み合わせることによって、初めて可能になりました。

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