光格子中のボース・フェルミ混合原子気体が示す新奇量子相の探究

稲葉謙介 山下眞
量子光物性研究部

 最近、真空チャンバー中の原子気体を、数10 nKの極低温まで冷却することが可能となってきた。このような極低温では、量子効果が系の性質を支配するが、冷却原子の制御性の高さを利用すれば、この量子効果を直接観測することができる。そのため、この系は、量子シミュレータと呼ばれ、物性物理を始め、素粒子や量子化学などの分野で注目されている[1]。中でも、光格子と呼ばれる、レーザの干渉によって作られた周期ポテンシャル中に閉じ込められたフェルミ原子は、金属結晶中の電子と同等に振る舞うため、物性分野に進展をもたらすことが期待されている[2]。格子欠陥や乱れのないこの系では、純粋な量子多体効果を解析できるため、普遍的な物性の追及に役立つ。また、電子を念頭に置いて得られた従来の知見を、拡張・一般化することも興味深い研究課題である。
 我々は、京大・高橋研究室のグループと共同で、光格子中にボソンとフェルミオンの2種類の原子を混合した系ついて、実験・理論両面から解析を行った[3]。その結果、異種原子間の相互作用によって、固体物質では見られない新奇な量子相が誘起されることを明らかにした。ここでは、引力相互作用するボース・フェルミ混合系を解析した結果を簡単に紹介する。京大グループは、光会合分光測定を用いて、ボソンとフェルミオンのそれぞれのペア占有率を、両原子数の相対的な比を変化させながら測定した。我々は、実験パラメータを正確に反映できる理論解析手法を開発し、この実験の解析を行った。図1(a)、(b)に結果を、図1(c)に測定法の概要を示す。これらの結果から理論と実験は定量的な一致を見せていることが分かる。我々はさらに、実験で直接測定することが難しい物理量を数値的に解析し、フェルミオン数の増加とともに現れるボース−ボースペア占有率の非単調な振る舞い[図1(b)]は、複数の量子相の出現を反映していることを明らかにした。また、斥力相互作用を有する系も同様に解析し、多様な量子相が出現することが明らかになっている。今後は、このような量子相転移を測定・解析する技術を進展させ、量子多体効果の普遍的側面までの探求を目指す。

[1] I. Bloch, Nature Phys. 1 (2005) 23.
[2] M. Greiner and S. Fölling, Nature 453 (2008) 736.
[3] S. Sugawa, K. Inaba et al., Nature Phys. 7 (2011) 642.
 

図1  (a) ボース−フェルミペア、および (b) ボース−ボースペア占有率の光会合分光による測定結果。ボソンの数
は5,000個に固定されている。理論計算は、実験パラメータ(温度)の誤差を考慮して幅を持たせてある。(c)
ボース−フェルミペア占有数測定の概要。入射レーザによって引き起こされる光会合過程により、同一格子点
上の2原子から形成された分子は、光格子の閉じ込めから直ちに抜け出す。その後、減った粒子数をカウン
トする事でペア占有数が測定できる。また、入射光を変えることで、様々なペア占有を測定できる。

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