水素インターカレーションと電気化学エッチングにより作製した
3層エピタキシャルグラフェン振動子

高村真琴 古川一暁 岡本創 田邉真一 山口浩司 日比野浩樹
機能物質科学研究部 量子電子物性研究部

 グラフェンは、炭素原子がsp2結合した数原子層厚の材料でありながら非常に高い機械的強度を有するため、微小機械振動子への応用が期待される。近年、機械剥離法で1層グラフェン振動子が作製され、その機械振動特性が報告されている。機械剥離法は簡便に結晶性の良いグラフェンを与えるが、作製する位置や形、グラフェンの層数を制御できない。そのため、2層や3層グラフェンの機械振動特性は明らかになっていない。本稿では、3層エピタキシャルグラフェン振動子の作製とその機械振動特性を報告する。
 3層グラフェン振動子は、出発材料としてSiC(0001)基板上にエピタキシャル成長させた2層グラフェンを用い、基板を電気化学的にエッチングすることで作製した[1]。SiC上にグラフェンをエピタキシャル成長させる方法では、層数制御したグラフェンをウェハスケールで得ることができる。しかし、SiCとグラフェンの界面には基板とSi-C結合をもつバッファ層が生成される。このため、グラフェン振動子を層数制御して作製するにはSi-C結合を断ち切る必要がある。そこでまずSiCとグラフェンの界面に水素をインターカレーションし、その後SiCを電気化学エッチングする事で厳密な層数制御を試みた。走査型電子顕微鏡(SEM)による観察から、両もち梁形状のグラフェンが金電極間に架橋されていることがわかる[図1(a)]。さらに、透過型電子顕微鏡(TEM)による断面観察から、架橋されたグラフェンは3層であることがわかる[図1(b)]。この事は、SiC上に成長した2層グラフェンとバッファ層が、水素インターカレーションとSiCの電気化学エッチングにより、架橋3層グラフェンとなった事を示している。次に、得られた3層グラフェン振動子の機械振動特性を述べる。10-5 Paの真空中で測定した室温での固有振動数(f0)は7.52 MHz、振動子の性能を表すQuality factorは約600であった(図2)。図1のSEM像から、振動子の長さと幅を7.6 µm、3.6 µmとしてf0を算出すると0.4 MHzとなるが、実際に得られたf0は10倍以上大きい。これは電気化学エッチングの過程で振動子の端部が約60 nm折れ曲がり、剛性が増したためである。エネルギーの散逸に相当するQuality factorの逆数は、両もち梁形状の1層グラフェン振動子で複数報告されている温度依存性と酷似していた。この事はグラフェンの層数や振動子のサイズ、作製方法に依存しない、グラフェン振動子特有のエネルギー散逸機構がある事を示すものである。

[1] M. Takamura et al., Jpn. J. Appl. Phys. 52 (2013) 04CH01.
 

図1  3層グラフェン振動子の(a)SEM像および(b)断面TEM像。
図2  室温における3層グラフェン振動子の固有振動特性。

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