グラフェン伝導スペクトロスコピーにおける量子キャパシタンスの効果

高瀬恵子 田邉真一 佐々木智 日比野浩樹 村木康二
量子電子物性研究部 機能物質科学研究部

 グラフェンは炭素原子が蜂の巣状に配列した二次元物質であるが、そのエネルギーバンド構造は通常の二次元物質のバンド構造とは異なり、相対論で記述されるDirac cone構造である。そのため通常の二次元系では一定である状態密度がグラフェンではフェルミ準位に依存し、状態密度に比例して定義される量子キャパシタンスが通常の二次元系とグラフェンでは大きく異なる。本研究では、SiC上成長グラフェンから作製した高移動度デバイスにおいて、デバイス中の界面準位とグラフェンの量子キャパシタンスが競合することで、グラフェンのファン・ダイアグラムがランダウ準位のエネルギー構造を直接的に表すことを実験・モデル両面から実証した[1]。これは電気伝導測定によりエネルギースペクトロスコピーが可能となることを示しており、さらに、この手法がdisorderにより幅を持ったランダウ準位のエネルギー幅など基礎物性の解明にも役立つことを意味する[1]。
 試料は、SiC上に成長した単層グラフェンから作製したトップゲート付きホールバー型デバイスを用いた。極低温・強磁場下で、試料に流した電流と垂直方向の抵抗(ホール抵抗)および平行方向の抵抗(縦抵抗Rxx)を測定すると、ランダウ準位充填率ν = (4N +2)(N :整数)において、ホール抵抗がh/{(4N +2)e2}に量子化され縦抵抗がゼロになる量子ホール効果が観測される。図1(a)は、Rxxのゲート電圧Vg、磁場B依存性を示したファン・ダイアグラムである。ν = ± 2において広い領域で量子ホール状態が存在し、ν = 0, 4, 8において有限のRxxピークが現れる。Rxxピークの軌跡は通常は放射状に広がる直線となるが、図1(a)では非等間隔な曲線になっている。これは、グラフェン近傍に存在するSiCダングリングボンド状態やゲート絶縁膜内界面準位を考慮し、それらがグラフェンと電荷の授受を行うモデルで説明できる[図1(c)]。このモデルを適用すると、低磁場におけるグラフェンのキャリア密度のゲート電圧依存性から界面準位密度が求まる。さらに、グラフェンと界面準位の量子キャパシタンスが競合することがわかり、その結果、界面準位密度が大きいときにグラフェンのフェルミ準位とゲート電圧がほぼ比例する。このため、Vg-B空間のRxxピークの位置はグラフェンのランダウ準位のエネルギー位置を直接的に表す。Rxxピークの位置を判別するランダウ準位充填率をモデルを用いて計算すると図1(b)のようになり、実験結果[図1(a)]をよく再現する。

[1] K. Takase et al., Phys. Rev B 86 (2012) 165435.
 

図1  (a) Rxxのゲート電圧、磁場依存性。(b) ランダウ準位充填率のゲート電圧、磁場依存性のシミュレーション。 (c) 界面準位が含まれるグラフェンデバイスに対するゲート印加時の模式図。

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