マイクロ波フォトニクスにおけるスペクトルホールバーニングを用いたハイブリッド量子力学

Stefan Putz1 Andreas Angerer1 Dmitry O. Krimer1 Ralph Glattauer1
William J. Munro2 Stefan Rotter1 Jorg Schmiedmayer1 Johannes Majer1
1TU Wien 2量子光物性研究部

 不均一なアンサンブル中の光学場を用いたスペクトルホールバーニングは、これまでに確立された技術であり、材料の吸収スペクトル中で選択的に消去することを可能にするものである [1]。これらのスペクトルホールは、光化学における分光から、フォトニクスにおける遅い光(Slow light)、また光学的な固体状態の周波数コムの生成によるデジタルおよび量子情報の記憶に至るまで、様々な用途に使用されてきた。同様に、マイクロ波長帯のフォトニクスにおいても、電子スピンのアンサンブルを有するハイブリッド固体素子は、将来の大容量な量子メモリ[2]へ向けた汎用性の高い構成要素と考えられている。しかしながら、その動作能力においては、光学系と比較するとまだかなり遅れているのが現状である。そこで我々は、回路QED(Quantum Electrodynamics)システムにおける電子スピンアンサンブルのもつ可能性を実証するために、マイクロ波領域において共振器を用いたスペクトルホールバーニングを実現する。ダイヤモンド中のNVセンタからなる電子スピンアンサンブルと超伝導マイクロ波共振器とが強く結合するハイブリッド系で、アンサンブルのもつマイクロ波の吸収スペクトルを選択的に消去し、ハイブリッド系に長寿命のダーク状態を作り出すことを可能にする。
 アンサンブル中の不均一な広がりは、メモリ時間に限界を与える重要な課題の一つであり、本研究では、このアンサンブルの不均一な広がりを排除する方法を示す。コヒーレンス時間は、不均一性にともなう自由誘導減衰のレートおよび共振器の減衰レートに比較して著しく改善されている。したがって、我々のハイブリッド量子システムは、個々のサブコンポーネントがもつ性質よりも優れた性能を発揮する技術を約束するものである。我々のアプローチは「デコヒーレンスフリー」状態を選択的に準備でき、この可能性をさらに実証するために、複数の長寿命ダーク状態をエンジニアリングする[3]。これは、固体のマイクロ波周波数コムへ向けた重要なステップとなる。我々の技術はホールバーニングが光学波長帯でもつ様々な利点を、マイクロ波長帯で実現することを可能にするもので、たとえば、長寿命量子メモリ、スピンスクイーズ状態の生成、光とマイクロ波間の量子状態変換、および新奇メタマテリアルなど多くの新しい可能性を切り開くものである。我々のアプローチはまた、スピン同士の双極子相互作用が重要となる高密度スピンアンサンブルや多体量子現象に対して、直接的にアプローチできる新しい共振器QED実験の道を拓くものである。

図1 (左)超伝導共振器とNV-電子スピンアンサンブルからなるハイブリッドシステムのイメージ。 (中)スペクトルホールバーニングのない弱い駆動パルスに対するキャビティ応答。 (右)スペクトルホールバーニング後の弱い駆動パルスに対するキャビティ応答。