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論文題目:原子間力顕微鏡によるナノ構造計測と

そのデバイスプロセスへの応用に関する研究

永瀬 雅夫

指導教官:早稲田大学理工学部応用物理学科 市ノ川 竹男 教授

[彙報]
1.はじめに
  今日の情報化社会を支えているLSIに代表される電子デバイスは、構造サイズの微細化により年を追う毎に性能の向上が図られている。2010年までには100nm以下の構造サイズを有するデバイス、すなわちナノデバイスが実用化されると予測されている。デバイスサイズがこのような領域まで微細化されると、コンダクタンスの量子化現象、クーロンブロッケイド現象、共鳴トンネリング現象等のいわゆるメソスコピックな物理現象が見られるようになる。このような現象をデバイスに応用することにより、従来デバイスであるMOSデバイスの物理的限界を乗り越えて高性能化が出来る可能性がある。従来、メソスコピック物理現象を利用したデバイスは化合物半導体系が主体であったが、Si系デバイスを実現することにより、常温動作、集積化への道が拓ける可能性があり、その研究が盛んになりつつある。
  ナノデバイス作製においては、リソグラフィ技術を中心とした作製技術に関しても解決すべき問題が多いが、実際に作製したナノ構造の評価技術も非常に重要なものとなる。Si系ナノデバイス実現に必要な構造サイズは10nm級であるため、これに見合った評価精度が求められる。さらに、ナノ構造は一般的にはその高さが水平方向の大きさと同程度になるため3次元形状把握が必須となる。従来、微細な構造評価に用いられている透過電子顕微鏡(TEM)や走査電子顕微鏡(SEM)では、ナノオーダーの定量計測はかなり困難である。さらに、3次元評価はほとんど不可能である。これに対して、比較的新しい顕微鏡法である走査プローブ顕微鏡法の1種である原子間力顕微鏡法(AFM)は、原理的には原子分解能が得られるほど分解能が高く、高精度の評価手段となることが期待される。また、AFMでは高さ情報の2次元像、即ち、3次元像が得られるため、これまでの顕微鏡には無い新しい視点を与え得る。これは新しいタイプのデバイスの開発と言う観点から重要である。以上のようにAFMはナノ構造計測、及び、それを用いたデバイス開発において有用な手段となりうる可能性がある。しかし、これまでAFMをナノオーダーの定量評価に用いた例はほとんどなく、その基礎的手法から確立する必要がある。
  本研究の目的は、AFMによるナノ構造計測手法の確立、及び、それを用いたデバイス作製プロセス技術の開発、さらには、AFM観察・計測により得られた知見に基ずくデバイスの創出である。

2. AFMによるナノ構造計測技術
  AFMで用いられている探針先端は曲率半径が10nm程度と、観察対象のナノ構造と同程度の大きさを有している。このため、ナノ構造観察においては探針の影響による像歪みが大きくなるため、AFM像から直接的に構造の特性長を把握することが非常に困難である。探針形状を仮定することによりその歪みを除去する手法が提案はされているが、探針形状を高精度に把握すること自体が困難であり、ナノオーダーの定量化は実現されていない。
  筆者はこの問題を解決するために、モデル式化法と呼ばれる構造長計測手法を考案した。この手法は、計測対象構造、及び、探針先端形状をそれぞれ初等的な関数形で表現することによりAFM像情報をモデル式化し、これに実際の像情報をフィッティングさせる手法で、構造長をフィッティングパラメータとして抽出することが出来る。この手法では仮定するのは形状のタイプであることが特徴である。
  上記の構造長計測手法の妥当性を検証するには、先ず何よりも探針先端形状の正確な把握が重要である。完全な矩形断面を有する構造(KOH異方性エッチングより形成したSi(110)基板上<112>方向細線)を形成し、探針形状の評価を行った。その結果、先端形状が球に近似できることを示した。さらに、この構造を用いて前述の計測手法の正当性の検証を行った。TEMとの比較からナノオーダーでの定量性を確認することが出来た。同一探針による繰り返し測定値の標準偏差は概ね0.5nmであり、AFM計測の基本的な精度は非常に高いことを明らかにした。多数の探針を用いた場合には、計測精度は2〜3nmとなるが、これは探針形状のバラツキに由来することを明らかにした。
  実際のナノ構造形成プロセスで表れるパターンは、完全な矩形断面ではなく、エッジに丸みのある場合が大半である。そこで、モデル化式をエッジの丸みのある形状に適用できるように拡張した。このモデル化式を実際の転写工程に表れる構造に適用し、エッジの丸みを含めた構造長計測が可能であることを示した。

3. ナノ構造形成プロセス評価
  前節で述べたナノ構造計測手法を、各種のナノ加工技術の開発に適用した。具体的には3つの代表的な転写工程、EBリソグラフィ工程、パターン反転工程、パターン幅細らせ工程を対象とした。これらはナノ加工技術の中でも特に高い寸法精度を要求する工程であり、AFMによるナノ構造計測を適用することにより初めて定量性を獲た。その結果、10nm級の構造形成が高精度に行えるようになり、ナノデバイス実現に大きく寄与した。

4. ナノオーダー構造揺らぎ評価
  ナノデバイスでは構造サイズ揺らぎも重要な要素となる。その評価は、他の顕微鏡法に比較して飛躍的にノイズレベルの小さいAFMの独壇場である。ここでは、SIMOX(Separation by IMplanted OXgen)基板上に電子線(EB)リソグラフィを用いて形成されるデバイスを想定して、SIMOX−Si層の膜厚揺らぎ、及び、EBレジストパターンの幅揺らぎを検討対象とした。
  Si系ナノデバイスの多くはSIMOX基板上に作製されており、最も基本的な素材である。しかし、通常のSIMOX−Si層には、10〜20nmにも及ぶ高さを持つ正方形状のタイル構造があり、ナノデバイスには適さないほど膜厚揺らぎが大きいことがAFM観察により明らかとなった。この構造は、高温(1350℃)のアニールにより平坦化され、長時間(40時間)アニールにより完全に消失させることが出来る。平坦化後のSi層表面には原子層オーダーのステップ−テラス構造が見られるが、この構造は高温処理を行った熱酸化膜/バルクSi界面にも見られ、SIMOX特有の現象では無いことを明らかにした。高温長時間アニールの結果、Si層の膜厚揺らぎは標準偏差で1nm以下となった。この平坦化基板は、Siナノデバイス作製に好適であり、この基板の実現がナノデバイスへの道を拓いた。
  レジストパターンはすべての加工プロセスの基本である。その幅揺らぎの検討において、ダイナミックフォースモードAFMで観察した画像に対して、フラクタル理論に基づくスケーリング解析手法を適用することにより、高精度な定量化を可能にした。EBレジストの一種であるZEPレジストのパターンを解析した結果、幅揺らぎの定量化値として標準偏差2.8nm、相関長68nmという値を得た。この定量化値を元に、幅揺らぎの主原因が、レジスト膜中の30−50nm径の粒状構造であることを明確にした。この構造は数100個のレジスト分子により構成されており、これまで、レジスト膜中にこのような構造が存在することは知られておらず、今後のナノパターンの高精度化に指針を与えた。

5. Si−SETデバイス開発
  AFMの大きな特徴の一つに3次元構造把握能力がある。特に、垂直方向の感度が、水平方向に比べて良いことから、通常のSEM,TEM等の断面観察では困難である緩やかな凹凸も容易に像にすることが出来る。筆者はAFMのこの特徴を用いてパターン依存酸化現象を見いだした。この現象は、パターンニングされたSIMOX−Si層に特有の現象で、酸化により酸化膜中に蓄積する内部応力による酸化の抑制現象と、埋込酸化膜中を拡散した酸化種によるSi層の裏面からの酸化現象の複合現象である。パターン依存酸化により、1次元Si細線とその両端に接続した2次元Si層を、微細なSi島とそれに接続したトンネル容量に変換して単電子トランジスタ(SET)を形成することが出来る。このSETの登場により、従来、極低温に限られていた、SETの動作温度が飛躍的に向上し、常温動作が可能となった。
  電気特性の揺らぎはデバイスの集積化の大きな障害である。その要因の解明をAFMの揺らぎの定量解析を通して行った。SETの電気特性の代表的なパラメータであるゲート容量は、現状のデバイスでは50%もの揺らぎがある。酸化により微細化されたSi島の大きさ(高さ、及び、幅)は5〜10nmと見積もられるので、電気特性の揺らぎが全て構造サイズの揺らぎに依るとすると、揺らぎ量は3〜5nmとなる。Si島の高さを規定しているSIMOX−Si層の膜厚揺らぎは、前節で述べたように1nm以下であるので、この揺らぎの原因とはなり得ない。これに対して幅を規定している、レジストの幅揺らぎは約3nmであり、電気特性から推定したサイズ揺らぎの値と良く対応する。このことは、現状のSETでの特性揺らぎの原因がリソグラフィにあり、これを改善することにより特性の均一化が図れるという見通しを与える。

6.まとめ
  AFMによるナノ構造計測技術を開発し、Siナノ加工技術の発展に寄与した。ナノ構造のサイズ揺らぎの定量評価を行い、プロセス改善への指針を示した。さらに、AFM特有の3次元形状把握能力を活かし、常温動作が可能なSi−SETデバイスを開発した。ナノデバイス・プロセス技術開発において、AFMによるナノ構造計測技術はその成功の鍵を握る技術であることを示した。

1997年3月


博士論文目次

第一章 序論	1
1−1 本論文で対象とするメソスコピックデバイスの概略	1
 1−1−1 メソスコピックデバイスの研究動向	1
 1−1−2 Si系メソスコピックデバイスに必要な構造計測技術	2
1−2 本論文で対象とするナノ加工技術の概略	4
 1−2−1 ナノリソグラフィの研究動向	4
 1−2−2 ナノリソグラフィに必要とされる構造評価技術	5
1−3 ナノ構造評価手段としてのAFMの可能性	6
1−4 本研究の目的	8
1−5 本論文の構成	9
    参考文献	10

第二章 AFMによるナノ構造計測技術	11
2−1 はじめに	11
2−2 ナノ構造計測手法の理論的背景	13
 2ー2−1 探針形状によるAFM像の歪み	13
 2−2−2 構造定数計測手法	15
 2−2−3 特定形状に対するモデル化式の導出	18
2−3 AFMナノ計測用標準試料の作製と評価	22
 2−3−1 KOHによるSi(110)基板加工	22
 2−3−2 矩形断面試料によるAFM探針形状把握	27
 2−3−3 SEM及びTEM観察結果との比較	31
 2−3−4 計測精度評価	35
  2−3−4−1 ‘static’な精度	35
  2−3−4−2 ‘dynamic’な精度	37
2−4 エッジの丸い構造の計測	39
 2−4−1 パターンエッジ形状	39
 2−4−2 エッジの丸みのあるパターンの構造長計測	44
  2−4−2−1 解像度とパターンエッジの丸み	44
  2−4−2−2 構造幅計測におけるパターンエッジの丸み	44
2−5 まとめ	48
    参考文献	49

第三章 ナノ構造形成プロセス評価	51
3−1 ナノリソグラフィへのAFM測長技術の適用	53
 3−1−1 ナノデバイス向けのEB露光技術	53
 3−1−2 ビームフォーカス位置の高精度較正	55
3−2 パターン転写プロセス 	58
 3−2−1 従来の反転プロセス	58
 3−2−2 ECRプラズマ酸化膜反転法	59
3−3 高精度パターン幅制御	64
 3−3−1 リソグラフィ限界を越えるための‘細らせ’処理	64
 3−3−2 ‘細らせ’処理による幅10nm以下のSi構造形成	64
3−4 まとめ	67
3−5 今後の課題	68
    参考文献	70

第四章 ナノオーダー構造揺らぎ評価	72
4−1  SIMOX基板のSi層膜厚揺らぎ	73
 4−1−1 ナノデバイス用基板としてのSIMOX基板	73
 4−1−2 SIMOX基板Si層モホロジーのAFM観察	74
 4−1−3 SIMOX−Si層の平坦化	77
 4−1−4 酸化膜/Si界面の高温での挙動	80
  4−1−4−1 平坦化SIMOX基板界面モホロジー	80
  4−1−4−2 熱酸化膜/Si基板界面モホロジー	80
 4−1−5 まとめ	86
4−2 パターン幅のナノオーダー揺らぎの検討	87
 4−2−1 研究の背景	87
 4−2−2 ラフネスのスケーリング解析	89
  4−2−2−1 原理	89
  4−2−2−2 データ処理	90
 4−2−3 実験条件	92
  4−2−3−1 AFM測定	92
  4−2−3−2 パターン幅揺らぎ計測対象試料	93
  4−2−3−3 レジスト表面ラフネスの観察	93
 4−2−4 評価結果	94
  4−2−4−1 レジストパターン幅揺らぎ	94
  4−2−4−2 転写プロセス後のスケール依存性	96
 4−2−5 考察	99
  4−2−5−1 レジストのエッジラフネスと表面ラフネスとの対応	99
  4−2−5−2 電子線照射レジスト表面の特徴	103
  4−2−5−3 パターン転写による幅揺らぎの低減について	108

 4−2−6 まとめ	110
4−3 ナノオーダー構造揺らぎ評価に関する今後の課題	111
    参考文献	112

第五章 Si−SETデバイスの開発	114
5−1 ナノデバイスプロセスの統合	114
5−2 Si−SETの基本的構成	114
5−3 パターン依存酸化	119
 5−3−1 AFMによる酸化形状観察	120
 5−3−2 パターン依存酸化の特徴	122
 5−3−3 SET構造の酸化形状	124
 5−3−4 Si−SETのデバイス基本特性	126
5−4 Si島のサイズ揺らぎとデバイス特性揺らぎとの相関	128
 5−4−1 Si−SETデバイスの作製プロセス	128
 5−4−2 電気特性の揺らぎ	129
 5−4−3 構造サイズ揺らぎの支配的要因	130
5−5 まとめ	132
    参考文献	133

第六章 総論的総括	134
 謝辞	138
 業績リスト	139



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