量子井戸の作り方


量子の世界には不確定性原理という法則があり、
たとえ絶対零度でも電子は一カ所にとどまっていることができない。

六角格子からなる系を考えよう。
あるサイトに電子をおくと、そのサイトにとどまり続けることはできず、
どこか別のサイトにジャンプしてしまう。

物理屋はもっとも簡単な場合を仮定し何が起こるのかを詳しく考える。
まず、電子は最近接のサイトにしかジャンプしない、と考えよう(図参照)。
この仮定の入ったモデルは「最近接強結合模型」などと呼ばれ(恐れられてい)る。



こんな単純なプロセスにも関わらず、不思議な現象がたくさん起こる。

系に沢山の電子を放り込んでみよう。一つの電子を追跡すると、ジャンプを繰り返しながら
色々なサイトを訪れているのを見ることができる。
ところが、系の「端」のあたりをじっと見てみると、そこにフラフラしている一群の電子達を
みつけることができる。注意深く観察すると、それらの電子は端にそって動いてはいるが
けっして端から離れようとはしないことがわかる。



この電子達は皆変わり者で、ある特定の「端」の回りにだけ集まる性質がある。
また、このうちの(選ばれた一つの)電子だけはある方法で端から解放できる。
などなど、たしかに変人ならぬ変電子であることがわかる。

さて、この端しか知らない変り者達に、
端以外の色々なサイト(バルクサイト)を旅させてやることはできるだろうか。
そのような動機から、電子がより遠くのサイトへもジャンプするとしてみよう。
こうすればきっと端にフラフラしていた電子達は拡がってゆくに違いない....

しかし、実は予期していたことと全く正反対のことが起こってしまうのだ。
電子をより遠くのサイトへもジャンプすることを許したことが、
逆に「端」を(彼らにとって)さらに心地好い場所にしてしまう。

なぜか?
理由は、遠方のサイトへのジャンプ過程が、「端」サイトに
量子井戸型ポテンシャルを生成してしまうことになるからである。
これら一見何の対応もなさそうな二つのことが関係していることを以下に示そう。

私は物理屋(の端くれ)なので、もっとも簡単な場合のつぎは、次に簡単な場合を考える。
というわけで、電子は最近接のサイトと第二近接のサイトにジャンプできる、と仮定して
話を進めよう。



第二近接のサイトにダイレクトにジャンプするプロセスは最近接のサイトへのジャンプ
を二回続けて行ったものと考えることもできる。
あるサイトに電子を置き、最近接のサイトへジャンプさせる。
その電子をさらに最近接のサイトへジャンプさせると、電子は第二近接のサイトへ到達する。

要するに最近接のサイトへのジャンプ二回分は第二近接のサイトへのジャンプを含んでいる。
しかし、両者は正確に同じではない。
というのは二回目のジャンプの際に電子が元々いた(最初に電子を置いた)サイトに
戻ってきてしまうプロセスがあるからである。

第二近接のサイトへのジャンププロセスは最近接のサイトへのジャンプ
を二回続けて行ったものから元に戻るプロセスを差し引いたものと等しい。
電子は最近接サイトから元に戻ってくるので、その確率振幅は、ひとつの最近接サイトから
戻ってくる振幅の3倍である(ふたたび図参照)。

同じことを系の端にあるサイトについて考えてみよう。
ある端サイトに電子をおいて、第二近接のサイトへのジャンププロセスと
最近接のサイトへのジャンプを二回続けて行ったもの、の差を考えるのである。
すると、元に戻ってくる確率振幅は、ひとつの最近接サイトから戻ってくる振幅の2倍
しかないことがわかるであろう。これはもちろん端サイトの最近接サイトが二ヶ所しか
ない(ボンドの数がバルクサイトと端サイトでは異なる)ということである。

元に戻ってくる確率振幅は、そのサイトでのポテンシャルエネルギーに他ならないので、
第二近接のサイトへのジャンププロセスの導入は、
要するに端サイトでのポテンシャルエネルギーをバルクサイトのそれより、
ー1(=2ー3)だけ変化させている、と見ることができる。


ところで、肝心の最近接のサイトへのジャンプの二回分の影響はどのようなものだろうか。
なんと、この影響は全くないのである。
なぜなら「端」の回りにたむろしている電子を最近接のサイトに
強制的にジャンプさせようとすると「消滅」してしまうのだ。

これはそれほど不思議なことではない。
端が直線であると仮定すると、端の回りにしか存在できない電子は端から一定の距離
(ボーダーライン)以上離れられない。
その電子をボーダーラインを越えるように(強制的に)最近接のサイトへジャンプさせたとき、
消滅してくれないと「端の回りにしか存在しない」ということと矛盾するからである。

ある場所の回りにしか存在できない電子に対して、最近接のサイトへのジャンププロセスは
無効である。

したがって、たむろしている電子は端に井戸型ポテンシャルがあるように感じる。
井戸型ポテンシャルは電子をより引き付けようとするので端にいた電子はさらに「安定」になる。



(注:これはフィクションではありません)