状況に依存した認知地図形成過程の検証

大野健彦*,野島久雄*,Gill Satinder*,大野美由紀

*NTT基礎研究所

概要

我々メンタルプロセス研究グループは,人間の認知地図形成過程に関する研究 を進めてきたが,実験室内での研究に限界を感じつつあった.そこで我々は実 世界における人間の認知地図形成過程,および平衡感覚維持能力を研究すべく, わざわざ年休を取得して岐阜県養老町へフィールドワークに出かけた.本報告 ではその結果を示すと共に,人のこれらの能力がいかに環境に依存しているか について論じる.

1. はじめに

本研究の立案は昨年3月に始まる.当時の新聞で養老天命反転地の模様が伝え られ,その形状に起因する怪我の発生,公園側と設計者の確執などを聞くにつ れ,早急に実地観察をおこなわないと閉鎖されてしまうかもしれないと我々は 危機感を持った.計画を立案するものの予定がうまくあわず,今まで延期を繰 り返してきたが,遂にその計画を実行する時が到来した.

2. 往路

当日は普段の勤務時には考えられない早朝に活動を開始した.06時30分には既 に東名厚木I.C.に乗り,東名高速道路を一路,大垣I.C.目指して西進した.

途中,浜名湖S.A.にて朝食摂取を試みるが時間が早いためか店が殆んど開いて いない.そこで予定を変更して,大垣I.C.付近で朝食を摂取することにする. ここからは運転手が野島に交代し,運転開始時には一瞬の不安も感じられたも のの直ぐに順調に運転を開始する.

結局朝食も取らずに大垣I.C.で降りた我々は,モスバーガーで漸く空腹を満す. ここまで来れば目的地までもうすぐである.車もハイオクガソリンの朝食を飲 んで満腹になり,一路養老公園を目指す.
「養老の瀧」

3. 養老の瀧

公園入り口にある駐車場では,当日の気温増加を鑑み,太陽の移動方向と木の 角度から影の移動方向を推定してなるべく日陰の割合が増大するように車を駐 車した.

付近の看板を観察して認知地図の形成を試みるが,肝心の養老天命反転地は掲 載されていない.この地図は目的を果すのに必要な情報を十分に含んでいない. そこで,標本として撮影を試みる.また,研究の 開始を祝い,成功を祈願する

我々は一縷の不安を感じつつも当面瀧を目指すことにする.途中,土産屋には 市場価格と比較して十分に価格性能比のある土産物が陳列されており,この観 光地は余り人出が多くないことが推察される.

研究員の一人,Satinderはここで日本と英国の帽子文化を考察するべく日本伝 来の帽子を購入する.日射を遮断するには十分な性能を有するが,装着感に多 少問題があるようだ.

小路に沿って進む間に,脈拍の増加と発汗の促進が観測される.やかて最初の 目的地,「養老の瀧」に到着した.ここまでは適切な情報が外界から与えられ, また小路が示すアフォーダンスにより,認知地図の形成が阻害されることはな かった.

ここでは水の落下によって発生する音が清涼感を誘い,人の感覚知覚能力は音 響が影響することが明らかとなった.

ここからは違うルートを辿り,認知地図上における方向感覚がどの程度正確に 生成されるかを確認した.我々は特に注意を払わずとも出発地点に正しく戻る ことに成功し,方向音痴を防ぐには一本道が有効であるとの仮説を得た.

途中,養老神社で研究の成功を祈願し,養老の瀧を後にする.

4. 養老天命反転地

ここからは進行方向を転じ,養老公園を目指す.途中の道はよく整備されてお り,風景の調和が感じられる.

【注】ここから先は,行くつもりのある人は読まないことを推奨します.

養老公園の中を進むにつれて目的地が接近し,徐々に期待が高まる.この事は 認知地図における自分の位置が副交感神経に作用を及ぼしていることを示して いる.

やがて反転地のオフィスに到着し,入場料を支払い中に入る.ここではヘルメッ トと靴を無料で貸し出してくれるので,Satinder研究員は安全のために靴を借 りることにする.研究に危険は付き物であるが,未然に防止するに越したこと はない.

4.1. オフィス

まず最初は,本来オフィスとして建てられたはずの建物の前に立つ. 外観は斜面で構成されており, 天井部分に人が登らないように木を植えて心理的圧力をかけているいるのが 観察される. 内部に入るとそこはおもちゃの家の様である. 傾斜で構成された床面は曲線からなる壁面で区切られ,複雑に入り組んでいる. また,天井部分にも同じ構造が存在し,人を混乱に陥れる.

ここで唯一働いていた係の人に「ここってオフィスに使う予定だったんですよ ね?」と質問したところ「傘立てを置く場所もないし...」などと口籠もって いた.口籠もりは対話において重要な役割を果し,発話者の心情を理解するの に役立つ.たしかにここで毎日働くと精神構造に異常をきたす可能性もあるだ ろう.

実際,床面は斜度が極めてきつい箇所もある.例えばでは二人の人物が同一平面上に存在するが,そのZ軸射影座標は大き く異なる.

壁面には設計に用いたと思われるイラストが 何点展示されていた.

4.2. 瓦礫の山

オフィスを抜けると目の前には瓦礫の山があった.周囲にはロープが張り巡ら されており,立ち入りの拒絶をアフォードしている.ロープには看板があり, 「立ち入り注意」と記されていた.これは「自己責任において入っても良い」 という意味であるから,早速我々は登攀を開始する.山頂には ポンプがあり,興味を惹かれる.足下に注意を払い つつも登頂に成功しポンプの動作を調べると,ポンプは 正常に機能していることが確認された.ここに芸術家のこだわりを感じる.

4.2. 家

瓦礫の山の隣には,床面と天井面が地図で構成された家が存在した. 建物の外観を見ると, 上下が反転している写真においても違和感は殆んどないことがわかる.唯一の 手掛かりは樹木であり,特定物が上下方向の指標となることを示している.

内部には家であるからして,椅子ドアがある. また古ぼけた椅子が多数存在する. 着席を拒んでいる椅子は 道具のアフォーダンスが消失している典型的な例と言えよう.

4.3. 通路

家から地図を辿ると,幾つかの分岐路を経てやがて本体に到達する.途中の分 岐路では,選択する方向と運命の相関関係を体感す ることが可能となっている.

やがて道路は擂鉢の外郭に続き, 細い道を歩くに連れて高さが徐々に 増していった

4.4 内部構造

内部構造
通路の内側は擂鉢状になっており,ここが養老天命反転地において最も重要な 部分である.ここには様々な構造物が林立しており, また多数の回廊がそれらを結び,複雑系を構成し ている.

複雑系を理解するためにはオフィスで販売している地図を購入して 仔細を検討する必要がある.

ビデオにて記録をおこなっている大野を撮影して いるのは誰か?もはや天命が反転しつつあるのを感じる. 構造物は何を物語るのか?

各所に日本が存在する.全部を発見するのは少々難 しく,高度の認知地図形成能力を必要とするかもしれない.

内部には木や花が多く植えられており,複雑な人工構 造物との対比を見せている.これらは実は危険回避の役割を果しており,人が 危険箇所に立ち入らないように,またバランスを崩した時などにつかまること ができるように植えているそうだ.

観察をおこなった日は幸いにも天候に恵まれており,晴天でありながら適度な 風があった.無風状態では擂鉢の形状内部で高温状態となり,また雨天の場合 は路面との摩擦係数が減少し,かつ斜度がきついため,身体の安定系保持能力 を試す場となることであろう.

5. 復路

空腹と喉の乾きを覚えた我々は,現場の検証を終了して帰路に着いた.復路は 中央高速道路を経由し,ほぼ同一距離においても道路の形状および周囲の交通 量が運転の容易さに大きな影響を及ぼすことを実感した.

謝辞

本報告は素晴らしい英断を下して公園を開設し,怪我人の発生等による外圧に もめげす維持し続けた岐阜県なしには存在しえなかった.連絡先を記す[1]こ とで感謝の意を表したい.
〒503-12 岐阜県養老郡養老町高林1298-2
TEL 0584-32-4592  FAX 0584-32-4593
(月曜日 休館)

参考文献

[1] 養老天命反転地パンフレット,養老天命反転地,1996.