RKKY相互作用に基づく電子スピン制御

田村浩之
量子電子物性研究部

 我々は、量子ドットが半導体伝導電子系と結合したときにドット中の電子スピン間に磁気的相互作用が働く性質を利用して、ドット中の電子スピンの状態を電気的に制御する方法を理論的に提唱した[1]。電子が閉じ込められているドットを、電流を流せる半導体に結合すると、伝導する電子が量子ドットの中に出入りし、ドット中に閉じ込められている電子と相互作用する。このときドット中のスピンと伝導電子のスピンとの間には、スピンの向きを反対に揃えようとする反強磁性的な磁気相互作用が働く。このままでは強磁性的なスピンを発生させることは出来ないが、2つのドットを伝導電子系と結合させると、ドット間の距離がフェルミ波長よりも十分小さければ伝導電子はスピンの向きを減衰させることなく2つのドット間を行き来することが出来るので、ドット中の電子スピンは同じ向きに揃えられて、実効的にドット中の局在スピン間に強磁性な相互作用が働くことになる(図参照)。これがRuderman-Kittel- Kasuya-Yosida(RKKY)相互作用と呼ばれるものの原理である。伝導電子スピンの減衰の仕方は伝導電子濃度に依存するので、半導体中の伝導電子濃度をゲート電極により増減させることによって、2つのドット間のスピンの状態を強磁性にも反強磁性にも制御することが出来るのが特徴である。
 磁性不純物を含む金属中でこのような磁気的相互作用が働くことは知られていたが、本研究のアイディアは、磁性を持たない半導体中のナノ構造を用いて人工的に磁性不純物を作り出し、電子濃度が可変であるという半導体材料の長所を生かすことによって、電子スピンの状態を電気的に制御するというものである。これは金属では出せない、半導体材料ならではの特徴である。
 このRKKY相互作用を利用すると、ドットを多数並べてスピンをすべて同じ向きに揃えれば、半導体材料だけで強磁性を発現させることも可能であることが予想されている。既にこのようなドット中スピンのRKKY相互作用を観測しようと試みる報告[2]がなされており、我々の理論予測を実証することに役立っている。

[1] H. Tamura, K. Shiraishi, and H. Takayanagi, Japan Journal of Applied Physics 43 (2004) L691-693.
[2] N. J. Craig, J. M. Taylor, E. A. Lester, C. M. Marcus, M. P. Hanson, and A. C. Gossard, Science 304 (2004) 565-567.

図 
伝導電子系に結合した2つの量子ドット。上向きスピンを持つ伝導電子が異なるドットに出入りすることにより、ドット内の電子スピンが下向きに揃う。

 


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