時間分解 EXAFS

小栗克弥 岡野泰彬 西川正 中野秀俊
量子光物性研究部

 近年の高強度フェムト秒レーザ光を用いた様々な超短パルスX線光源技術の進展により、従来、静的な状態を主な計測対象としてきたX線回折やX線吸収といったX線計測手法をピコ秒からサブピコ秒スケールの高速現象に適用する時間分解X線計測へ向けた取組みが活発化している[1]。我々は、X線吸収分光法の中でも原子間距離や配位数等の吸収原子近傍の構造情報を与える広域X線吸収微細構造(EXAFS)に着目し、フェムト秒レーザプラズマ軟X線を利用した時間分解X線吸収分光システムの構築を行ってきた。今回我々は、Siのレーザ励起溶融状態におけるL吸収端EXAFSの時間分解計測を行い、その過渡的構造変化の観測に成功した[2]。
 実験は、ポンプ・プローブ型配置で行い、パルス幅100 fsのTi:Al2O3レーザパルスを2つに分岐させ、一方のレーザパルスでSi薄膜(厚さ120nm)サンプルを照射し、他方のレーザパルスにより発生させたパルス幅約7 psのレーザプラズマ軟X線パルスでプローブする。図1に90 - 280 eVにおけるSi薄膜の吸光度スペクトルを示す。100 eV付近にLII,III吸収端、150 eV付近にLI吸収端が見られ、LI吸収端から高エネルギー側にはEXAFS振動が明瞭に観察される。図2に各遅延時間におけるポンプ光照射前後のSiのL吸収端のEXAFSスペクトルを示す。X線パルスがレーザパルスよりも早くサンプルを通過する場合、両者に大きな違いは見られず、Siの原子間距離はr0 = 2.32 Åと求められた(a)。2つのパルスがほぼ重なり合った場合は、EXAFSスペクトルの振幅が減少すると共に振動周期のわずかな短縮が観察され、Si原子間距離はr0 = 2.42 Å に変化した(b)。レーザパルス到着後1670 psでは、EXAFSスペクトルにおける振動構造がほぼ消失した(c)。これらのEXAFSスペクトルの変化は、レーザ光照射直後にSiが高速融解し、Si原子間距離が拡大していることを明瞭に示している。また、時間が経過すると局所的原子配列の秩序がほぼ無くなった状態を示すことから、アブレーションが起こっていることを示唆している。今回の結果は、時間分解EXAFS計測法の確立に向けた第一歩である。

[1] T. Lee et al., Chem. Phys. 299 (2004) 233.
[2] K. Oguri et al., Appl. Phys. Lett.87(2005)011503

 
図1. Si薄膜の吸光度スペクトル.   図2. レーザ光照射前(灰)後(黒)のEXAFSスペクトルの時間発展.


【前ページ】 【目次へもどる】 【次ページ】