原子間力顕微鏡による生体分子の静的・動的構造解析

住友弘二1 小林未明1 中島寛1 C. S. Ramanujan2 鳥光慶一1 J. F. Ryan2
1機能物質科学研究部 2オックスフォード大学

 タンパク質をはじめとする生体分子の機能発現には、分子の構造変化が深く関与する。ナノテクノロジーとバイオテクノロジーを融合した新規バイオナノデバイスを実現するにあたり、分子個々の構造情報を捉え、その知見をデバイス機能制御に結び付けることは重要な課題である。原子間力顕微鏡(AFM)は、分子スケールで生体分子の構造を調べる有力なツールであり、特に、生理条件下に近い溶液中で、生体分子が"機能した状態"での高分解能観察を可能にする。今回、液中AFMを用いた分子イメージングにより、膜タンパク質の静的な構造解析、および高速イメージングによるDNAの動的な構造観察に成功した。
 図1(a)に、溶液中で観察したマイカ基板上の紫膜(バクテリオロドプシン(bR)を含む膜)のAFM像を示す。マイカ上に吸着した膜表面の滑らかさや硬さ、あるいは表面モフォロジーから、細胞膜での外側(EC)または内側(CP)に位置する膜面が識別可能である。また高分解能イメージングにより、bRの3量体が2次元結晶化し紫膜を構成する様子を確認した(図1(b))。更に最近、半導体ナノ加工技術と組み合わせて、シリコン基板上のナノホールパターンを紫膜でシールした微小なセルの作製に成功した(図1(c))[1]。セルをシールする膜内のbRが光に応答し、そのチャンネルを開閉することで、イオンの透過をゲーティングする機能を発現させることができる。今後、セル上のbRの構造変化と機能発現との相関性を詳細に解析し、光感受性生体分子を用いた光電子ナノデバイスの構築を目指していく。
 一方、AFMイメージングの高速化により、末端をビオチン化したDNAとストレプトアビジンとの吸脱着過程をリアルタイムで観察することに成功した。AFMの高速イメージングは、基板に十分に固定化せず溶液中で自由に運動する試料の観察も可能にする。溶液中で移動するDNA末端のビオチンがストレプトアビジンと衝突し、選択的に結合する過程や、イメージング時の探針の物理的な力により、結合が解離していく様子が観察された[2]。外部刺激に対する応答や化学反応など、生体分子の動的な挙動をリアルタイムで追跡できる有効な解析手法である。
 今後、AFM観察から得られる生体分子の構造と機能に関する知見を深め、更に電気化学的アプローチを組み合わせながら、バイオナノデバイスの実現を目指していく。

[1] K. Sumitomo et al., NTT Technical Review, 4 (2006) 40.
[2] M. Kobayashi et al., Ultramicroscopy (in press).

 
(a) マイカ表面上の紫膜のAFM像
(b) bRの2次元結晶像
(c) ナノホールを紫膜がシールしたナノセルのAFM像

 


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