海馬切片のリアルタイム過酸化水素イメージングと神経細胞死

河西奈保子 ハンチュンシ 島田明佳 Tobias Nyberg 鳥光慶一 
機能物質科学研究部

 過酸化水素(H2O2)は,活性酸素種の1つで毒性が強いスーパーオキサイドの分解生成物である。H2O2自身も毒性を有するが、ラジカル種であるスーパーオキサイドと比較すると系内に安定に存在するため、酸素ストレスの有効な指標である。
 一方、海馬は古くから神経回路について検討されている組織である。薬物により興奮性神経伝達を活性化すると、海馬の特定の部位で細胞死がおこるが、これは神経疾患であるてんかんと関係がある。一方,我々は抑制性神経伝達を阻害する薬物によっても、海馬の特定の領域に神経細胞死が起こることを確かめた[1]。しかし、この神経細胞死のメカニズムについてはほとんど知見が得られていなかった。
 我々はH2O2の濃度をリアルタイムに2次元イメージングする手法を開発した。本研究では、抑制性神経伝達を阻害する薬物によって生じる細胞死が、酸素ストレスと関与しているのかをH2Oの濃度分布を指標にして検討した[2]。
 アレイ型H2O2センサを作製し、薬物刺激により抑制性神経伝達を阻害した際にラットの海馬切片の各部位において放出されるH2O2のリアルタイム2次元イメージングを行ったところ、図のとおり、細胞死(D)が起こる領域とほぼ同じ領域において、刺激の初期にH2O2の放出が起こり(B)、続いて細胞内カルシウム流入が起きている(C)ことを確認した。これらの結果は、細胞死が酸素ストレスと大きく関与していることを示唆している。
 神経組織におけるリアルタイムなH2O2分布計測は、脳損傷機構の解明、脳疾患の治療に役立つと期待される。

[1] C. Han, N. Kasai, K. Torimitsu, NeuroReport 16 (2005) 333-336.
[2] N. Kasai, C. Han, K. Torimitsu, Sens. Act. B 107 (2005) 746-750.

海馬切片(A)において、抑制性神経伝達の阻害後にH2O2の放出(B)、細胞内へのカルシウム流入(C)が観察されたが、これらは神経細胞死(D)と同じ領域で特に顕著であることが確認された

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