量子ドットにおける選択的電子スピン緩和

佐々木智 藤澤利正 林稔晶 平山祥郎
量子電子物性研究部

 偶数個の電子を含む半導体量子ドットにおいては、電子間のクーロン相互作用によってスピン一重項・三重項状態が形成される。我々は、GaAs系量子ドットのゲート電極に電気的なパルス信号を印加することによって、スピン三重項励起状態から一重項基底状態への緩和時間を測定し、その緩和特性に選択性があることを見出した。
 図1(a)は、スピン軌道相互作用とフォノン放出によって遷移が起こっている領域で測定したスピン緩和時間tsを、一重項(S)と三重項(T)の間のエネルギー差ΔSTの関数としてプロットしたものである。ΔSTが300µeV付近では図1(b)の上図に示すように、ドットに電子を注入してからの待ち時間thに対してトンネル電子数が指数関数で減衰し、その時定数よりスピン緩和時間が160µsと求まる。ところが、外部磁場によってΔSTを400µeV付近に変えて同様の実験を行うと、図1(a)の挿入図に示すように三重項励起状態が基底状態とは別の一重項励起状態(S’)と交差するため、緩和時間の急激な減少が観測されるとともに、図1(b)の下図に示すように速い成分と遅い成分を持って減衰する。これはスピンのz方向成分SZが1, 0, -1の3つの三重項状態のうち、スピン軌道相互作用によって一重項状態に遷移できるのはSZ が±1の2種類のみで、SZ が0のものは遷移できないことを反映している。この選択性を利用すると、2種類の軌道にそれぞれ逆向きスピンをつめたスピン相関状態であるSZが0の三重項状態だけを取り出すことができるので、2つの電子を空間的に離すことによって量子エンタングルメント状態が形成できると期待される [1]。

[1] S. Sasaki et al., Phys. Rev. Lett. 95 (2005) 056803.

 

図1 (a) スピン緩和時間の緩和エネルギー依存性
 (b) 通常の単一指数関数的な緩和特性、およびT-S’準位交差点における二重指数関数的な緩和特性

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