核スピンを用いた二次元電子スピン物性の計測

熊田倫雄 橋本克之1* 村木康二 平山祥郎
量子電子物性研究部 1SORST-JST

 核磁気共鳴 (NMR) は磁性体の内部磁場など静的な情報だけでなく、相転移における電子スピンの揺らぎなど動的な情報も与える有用な手段として広く用いられている。半導体中の2次元電子系においても、量子ホール系におけるトポロジカルな準粒子 (スカーミオン) の存在を実験的に明らかにしたのはNMRであった。しかし、通常のNMRでは信号強度をかせぐために2次元電子系を100層程度積層した試料を用いる必要があり、そのためゲート電圧による電子密度の制御が出来ないという欠点があった。そこで我々は、量子ホール系に特有のある電子状態において電流によって核スピンを偏極させ、その偏極度を抵抗の変化として観測することにより、電子密度制御可能な2次元電子系1層に対する核スピン測定を可能にした。これにより、幅広い電子状態で核スピンを用いた電子スピン物性の計測が行えるようになり、これまで観測できなかった微小な電子スピン状態の変化を明らかにしてきた。以下、この実験手法を用いて得られた具体的な成果を示す。
 2次元電子系を2枚近接配置した2層系では、励起子の超流動状態の存在を示唆する実験結果が発表され注目を集めているntot=1量子ホール状態において核スピン緩和速度を測定し [図1(a)]、電子スピンが揺らいでいることを明らかにした [1]。この結果は、これまで理論で便宜上無視されていた電子スピン自由度の重要性を示したという点において重要である。また、量子井戸ポテンシャルを非対称にしたとき、電流による核スピン偏極が抑制されることを明らかにした [図2]。この結果は、通常の測定では表れないような非常に弱いスピン−軌道相互作用でも電子スピン−核スピン相互作用に大きな影響を与えるということを示している [2]。
  核スピンによる電子スピンの高感度測定方法の確立と、それによる新たな物理現象の発見は、今後予想される低次元デバイスの発展に大きく寄与すると考えている。

[1] N. Kumada et al., Phys. Rev. Lett. 94 (2005) 096802.
[2] K. Hashimoto et al., Phys. Rev. Lett. 94 (2005) 146601.

*現所属:ハンブルク大学

 

図1 (a) 2層系ntot=1状態の (b) 1層系n=1/2状態の周りにおける核スピン緩和速度
 図2 ポテンシャルの非対称性による核スピン偏極の変化

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