超伝導アトムチップによる原子の捕捉

 

向井哲哉1 Alexander Kasper1 清水富士夫2
1量子電子物性研究部
2電気通信大学/NTTリサーチプロフェッサ

 中性原子は、量子化した内部状態や、原子の非個別性、原子間および原子光子間の相互作用を制御出来ること、環境からの影響が小さいことなど、量子演算のリソースとして優れた性質を持つ。特に現在有力視されているのは、1個の原子の内部状態から適当な2つの状態を選び、1つの量子ビットとする方法で、その実現には、原子の運動を制限するために、2ないし3次元的に整列させた原子の配列を準備することが重要となる。
 我々は光格子(3次元)とアトムチップ(2次元)の2つの方法で、量子演算の実現に取り組んでいる。初めに光格子について、我々は2つの独自の実験スキームを提案し研究を行っている。その1つは2種類の原子をそれぞれの光格子に捕捉して操作する「2重光格子」[1]の方法であり、もう1つは、光と原子との相互作用のみによって全てのゲート演算を行う「共振器内光格子」の方法である。これらの方法を用いれば、1,000量子ビット以上の数的拡張性を持った量子計算機が実現出来ると考えられる。
 一方、NTTの得意とする微細加工技術を活用し、固体表面に微小な電線パターン(図1)を作製して、そこを流れる電流から発生する磁場ポテンシャルで原子を捕捉し、2次元的に操作するアトムチップの方法も、重点的に研究している。特にアトムチップの方法は、光格子では実現出来ない性質、すなわち、個々のポテンシャルを独立に制御することが出来ることから、応用上の優位性があると考えられる。現在世界的には、アトムチップによる方法は、原子を固体近傍に近づけると、表面からの影響により、トラップ寿命が著しく短くなる問題があり、単一原子を捕捉出来るだけの急峻なポテンシャルを実現するには至っていない。この問題は、超伝導材料を用いることで、克服出来ると考えられることから、我々は、超伝導が出来る固体の低温技術と、Bose凝縮も可能な極低温原子冷却技術とを融合させた装置を開発するに至った。この装置の完成により、我々のグループは、固体表面上の超伝導電流によって原子を捕捉することに、世界で初めて成功した。図2はその原子捕捉の観測結果であり、共鳴光に対する原子の吸収像を表している(濃淡が薄いほど原子密度が高い)。今後は超伝導により、表面の影響が抑えられていることを確認した後、表面近傍に、より近い位置で、急峻な閉じ込めポテンシャルを持つアトムチップの研究へと発展させる予定である。

[1] F. Shimizu, Jpn. J. Appl. Phys. 43 (2004) 8376.

図1 MgB2アトムチップ 図2 チップ上のポテンシャルに移行前(a)と移行後(b)

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