単層カーボンナノチューブ成長における金属微粒子触媒の化学状態解析

前田文彦
機能物質科学研究部

 炭素原子が蜂の巣状に整列したシートを丸めたナノメートルサイズのチューブである単層カーボンナノチューブ(CNT)は、シリコンテクノロジーの微細加工限界を超えるナノデバイスに求められる優れた物性を有する物質である。しかし、金属特性を示すCNTや直径に対応したバンドギャップの半導体特性を示すCNTが混在するため、これらを作り分けることが集積化に向けた大きな課題となっている。そこで、成長を制御して作り分けを実現する目的で成長機構の解明を進めている。ここで、CNTの成長では触媒となる金属微粒子が重要な役割を果たすため、その化学状態は成長機構を議論する上で重要な情報である。そこで、常圧に近い雰囲気が必要な気相成長によるCNT成長を超高真空が必要である光電子分光装置内で実現して、CNT成長後の触媒金属微粒子の化学状態を明らかにした。[1,2]
 図1に基板への蒸着後から加熱途中を経てエタノールを用いた単層CNTの成長後に至るまでの触媒金属として用いたCoの内殻光電子スペクトルを示した。大気に曝すことにより酸化した蒸着膜を用いる通常の成長プロセスの場合( ex situ deposition)には、加熱過程でCo3O4からCoOに変化した後、CNT成長後には完全に還元されて金属状態になることが分かる[1]。また、蒸着膜形成から成長まで大気に曝さず真空一貫でCNTを成長した場合( in situ deposition)には、終始金属状態を維持していることが分かった[2]。即ちCNT成長で最終的に安定な状態は金属の状態であり、触媒金属の炭化を必要とする成長モデルは不適当であることを示唆している。また、通常プロセスよりも真空一貫プロセスで成長した方が高いCNTの収率が得られた。このとき、炭素の内殻光電子の解析から、図2に示すように真空一貫プロセスの場合に多くの炭素が分解・堆積していることが分かった。この結果は、均一な金属Co微粒子の高い原料ガス分解能力が収率を高めていることを示すとともに、金属微粒子に取り込まれない炭素が大量に表面に存在していたことを示している。以上のように光電子分光以外の手段ではモニターが困難なCNT成長時における触媒の化学状態に関する情報を得ることが可能となった。今後さらに解析を進めて成長機構を解明することにより成長制御法の確立を目指す。

[1] F. Maeda, et al., Jpn. J. Appl. Phys. 46 (2007) L148.
[2] F. Maeda, et al., Mater. Res. Soc. Symp. Proc. 96 (2007) 30963-Q05-04.
 

図1 成長前後のCo2p光電子スペクトル
図2 成長後の表面状態の模式図

【前ページ】 【目次へもどる】 【次ページ】