二体エンタングルメントから見た多体スピン系の量子相転移

 

清水 薫  川口 晃*
量子光物性研究部

 相互作用する多数のスピンを一次元状に配列した系の量子力学的な振る舞いは、旧来より物性物理の基本模型として、また最近では一方向量子計算スキームの土台として大きな興味を持たれている。とりわけスピン間相互作用Jや外部磁場 等のパラメータの強弱がスピンを支配する不確定性原理と相俟って系の静的状態や応答特性をどのように変化させるのか、その物理的な機構を見通しの良い形で理解することは重要である。
 今回我々は、近年の量子情報研究の知見である量子エンタングルメント(もつれあい)の定量化の方法を一次元量子スピン系の解析に導入することにより、系自体は多数個のスピンから構成されているにもかわらず、系の量子状態は隣接するスピンについての四通りの異なるスピン相関の寄与の大小と、それらの間の位相差という少数個のパラメータによって、系統的かつ定量的に把握できることを見出した。 具体的には、一次元の反強磁性イジング模型 H =JSSziSzi+1 + hx SSZi を取り上げ、S zについての無秩序相(横磁場 hx →大での常磁性相)から秩序相(相互作用 J →大での反強磁性相)への量子相転移に伴う量子エンタングルメントの振る舞いを調べ 、その相転移点近傍における臨界的な挙動から、前述の四通りのスピン相関とその位相が、相転移を誘起し系を特徴づけるスピン量子揺らぎの定量的な記述に外ならないことを明らかにした[1]。これは以前には一般的な形では計算できなかった物理量である。
 本研究の手法を一般化することにより、一見複雑に見える一次元や二次元のスピン系の量子力学的な挙動の本質を量子エンタングルメントという新たな視点から理解し、その操作や制御に役立てることができる。

[1] K. Shimizu and A.Kawaguchi, Phys. Lett. A 355 (2006) 176.
現所属:Toyota Macs. Co. Ltd.
二スピンに還元した密度行列rを古典相関部分 Lrsと量子相関部分(1- L) reとに分解する(図1)。その際重み(1- L)が最小化されるように reの四つのBell状態への分解方法(図2)を数値的に探索する。エンタングルメントの指標としてはコンカレンスC( r)を採用。
 

図1 コンカレンスC(r)の磁場h
依存性(h=0.5:相転移点)
  
図2 四つのBell状態
(スピン相関)への分解
 

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