パラメトリックに加振された電気機械共振器におけるビット操作

Imran Mahboob 山口浩司
量子電子物性研究部

 19世紀の半ば、Charles Babbageはプログラム可能なコンピュータを世界で初めて提案した。彼が考案した「解析機関」と呼ばれるコンピュータは、トランジスタでも真空管でもなく、歯車やバネなどの機械部品により論理演算を行うものであった。それから約150年経った現在、コンピュータはシリコンに代表される半導体を用いたトランジスタにより構成されていることは周知の事実である。我々は、Babbageによる「機械部品によりコンピュータを構成する」という独創的な考え方を、現在のナノテクノロジ技術を用いて省エネルギーコンピュータとして復活させることを試みた。
 このような「ナノ機械コンピュータ」実現への鍵となるアイデアは、同じく50年前に提案されたパラメトロンコンピュータである[1]。パラメトロンでは、パラメトリックに励振されたLC共振器において生じる位相の異なる2つの振動状態を、「0」および「1」のビット状態に対応させる。1950年代に日本において勢力的に実用機が開発されたパラメトロンは、その後、速度や微細化の問題によりトランジスタに主役の座を奪われた。
 我々は化合物半導体の変調ドープ構造により、圧電効果を用いてオンチップで振動の励振、検出、周波数の変調が可能な電気機械共振器を作製することに成功した。この素子では、周波数変調の機能を用いることにより機械振動のパラメトリック励振が可能であり、パラメトロンと同様に「0」および「1」のビット情報を操作できる[2, 3] 。機械振動を維持するのに必要なエネルギーは極めて小さいため、桁違いに小さな電力で動作可能なコンピュータが将来的に実現できる可能性がある。

[1] E. Goto, Proc. IRE 47 (1959) 1304.
[2] I. Mahboob and H. Yamaguchi, Nature Nanotechnol. 3 (2008) 275.
[3] I. Mahboob and H. Yamaguchi, Appl. Phys. Lett. 92 (2008) 173109.
 

 
図1  GaAs/AlGaAsによる変調ドープ構造を用いて作製した電気機械共振器の顕微鏡写真。素子表面には金電極によるショットキーゲートが形成され、これに交流信号を加えることにより、パラメトロンと同様のビット動作が可能となる。
図2  (a)クロック周波数fsでビット動作させる際に電極に加える信号シーケンスの模式図。(b)および(c): (a)に示したシーケンスで信号を加えたときの出力信号[(b) および (c) は、それぞれfs=0.01および 0.03 Hzの場合]。

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