水素原子様単一ドナーのBohr半径・束縛エネルギーの直接測定

Simon Perraud 蟹澤 聖 Zhao-Zhong Wang 藤澤利正
量子電子物性研究部

 不純物は、半導体デバイス形成に欠かせない基本要素である。最も単純な近似では、半 導体中の単一の不純物あるいは点欠陥は、水素原子と同様に記述することができる。この場合、本質的な物性値は、束縛エネルギーとBohr半径 (aB1) の2つである。量子井戸 (QWs) 中の不純物は、aB1 > l の場合閉じ込めポテンシャルの影響を受ける。ここでlは、QWの井戸幅である。我々は、 (111) A基板上に不純物添加していないIn0.53Ga0.47As表面QWを分子線エピタキシャル成長法(MBE) で形成した[1]. 走査トンネル顕微鏡 (STM) を用いて走査トンネル分光 (STS) をこのQWに低温 (5 K) で適用し、QW表面に自然形成されドナー不純物としてふるまう点欠陥を調べた。単一の点欠陥の近傍において、電子状態の局所状態密度 (LDOS) 分布を、ナノメートルスケールで測定した。QW中における点欠陥のLDOSを測定することで、単一の欠陥の場合の束縛エネルギーとBohr半径を決定することができる。実験では、4つの井戸幅(l =2、6、10、および 14 nm)のQWについて測定した。測定した束縛状態のLDOSの、点欠陥からの距離rに依存した空間分布は、exp (-2r/aB1) に比例する指数関数的減少を示し、1s 軌道の水素原子の波動関数と同様の性質を示した。図1に今回のSTS測定から得られた結果をまとめて示す。井戸幅l が薄いほど、束縛エネルギーE1 - ε1が大きくaB1が小さくなり、電子はより強く点欠陥に束縛されることが分かる。ここで、E1はQW中の2次元サブバンドの下端を示し、ε1は不純物束縛状態の基底準位を示す。束縛状態に対する量子閉じ込め効果は、予想どおりaB1 > l において明瞭に観測された。STS測定の結果を水素原子様の不純物状態に対する計算結果と比較すると、束縛エネルギーとBohr半径はQW井戸幅の関数となり、変分法により計算した水素様不純物状態の場合[2]と定量的に一致した。今回の実験結果を説明するために、計算が調整用のフィッティングパラメータを一切必要としない点は注目に値する。井戸幅l の減少に伴う、E1 - ε1 の増加(又はこれと等価なaB1の減少) は、伝導帯の非放物線性によってさらに強められている。

[1] S. Perraud, K. Kanisawa, Z.-Z. Wang, and T. Fujisawa, Phys. Rev. B 76 (2007) 195333.
[2] G. Bastard, Phys. Rev. B 24 (1981) 4714.
 

図1  束縛エネルギー (E1 - ε1) とBohr半径 (aB1) の量子井戸幅l依存性。In0.53Ga0.47As量子井戸表面の各点欠陥におけるSTS測定による実験結果(白丸)と水素原子モデルによる計算結果(実線)。

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