In0.52Al0.48As/In0.7Ga0.3Asヘテロ構造における負の光伝導

赤崎達志1 山口真澄1 津村公平2 野村 晋太郎3 柳英明4
1量子電子物性研究部 2筑波大学
3筑波大学/NTTリサーチプロフェッサー 4東京理科大学

 大きなRashbaスピン−軌道相互作用を有するInGaAs系ヘテロ構造は、半導体スピントロニクスへの応用が期待されている材料である[1]。一方、半導体への光照射は、円偏光を用いると、スピン偏極したキャリアを選択的に生成可能で、スピン制御の手段として注目されている。我々は、In0.52Al0.48As/In0.7Ga0.3Asヘテロ構造中に形成される2次元電子ガス(2DEG)の光伝導特性を明らかにするため、Hall-bar構造を作製し、赤外線レーザ (λ=0.78、1.3 µm) 照射下での電子輸送特性の変化を評価した[2]。
 ホール測定から得られる、光照射前の2DEGのシートキャリア濃度 nHall および 移動度 µ は、1.8 Kにおいて、〜2.3×1012 cm-2 と 〜161,000 cm2/Vsであった。レーザ光は、光ファイバーによりクライオスタットに導入され、0.5 Tの磁場下で、1.8 Kに冷却した試料に照射されている。我々は、レーザ光照射前後での、Hall電圧の変化を測定し、得られたHall電圧から、nHall を評価した。図1は、レーザ光照射前後のnHall の時間変化を示している(波長:(a) 1.3 µm、(b) 0.78 µm)。この図から、In0.7Ga0.3Asチャネル層を励起する1.3 µmのレーザ光照射では、照射を開始すると、急激に2DEGのキャリア濃度が減少し、すぐに飽和することが分かる。また、照射を中止した後は、ゆっくりとキャリア濃度が増加し、1時間程度の時間を要して、照射前のキャリア濃度に戻っている。一方、In0.52Al0.48Asバリア層を励起する0.78 µmのレーザ光照射では、2DEGのキャリア濃度がわずかに増大した。これらの結果は、In0.52Al0.48As/In0.7Ga0.3Asヘテロ構造では、より長波長(低エネルギー)の光励起によって、負の光伝導が生じることを示しており、高エネルギーの光励起でのみ負の光伝導を観測した InAs/AlSb ヘテロ構造に関する過去の報告とは異なっている[3]。この1.3 µmのレーザ光照射による負の光伝導は、光吸収により生じた電子が、In0.52Al0.48As層の深い電子トラップに捕捉される一方で、正孔はIn0.7Ga0.3Asチャネル層中の2DEGの電子と再結合し、2DEGのキャリア濃度を減少させたと考えると定性的に理解できる。
 本研究の一部は科学技術振興機構CRESTの援助を受けて行われた。

[1] J. Nitta et al., Phys. Rev. Lett. 78 (1997) 1335.
[2] T. Akazaki et al., Physica E 40 (2008) 1341.
[3] Yu. G. Sadofyev et al., Appl. Phys. Lett. 86 (2005) 192109.
 

図1 レーザ光照射前後のシートキャリア濃度nHallの時間変化。
[測定温度:1.8 K、 波長:(a) 1.3 µm、(b) 0.78 µm]。

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