光格子にトラップされた冷却原子気体の数値シミュレーション

山下 眞
量子光物性研究部

 1995年のボース・アインシュタイン凝縮の成功を機に数百ナノケルビンの極低温にまで冷却された中性原子気体の研究が大きな広がりを見せている。なかでもレーザ光を対向的に照射して気体内部に周期的ポテンシャルを誘起させる「光格子」と呼ばれる実験技術が近年大きな注目を集めている。図1に示すように原子はあたかもレーザ光で作られた人工結晶の中を運動する粒子のように振舞うため、高温超伝導などの多体効果に起因する物性物理の様々な問題が原子気体を通して解明できるものと期待されている。
 我々は光格子中にトラップされた冷却原子気体を定量的に解析するため、グッツウィラー 近似に基づいた高効率の数値解析法を開発した[1]。虚時間を導入し基底状態を逐次的に求めることにより、実際の実験と同程度の巨大なシステムを市販のパソコンででもシミュレーションすることが可能となった。この解析法の定量性を確認するため、3次元光格子中のボース凝縮体の特性を詳細に調べたMITグループの実験[2]を対象としたシミュレーションを行った (実験に即して原子数は30万、格子点数は56万としている)。図2(a)に光格子が浅く原子が超流動状態にある場合の各サイトでの平均原子数の分布を示す。磁場による緩やかな閉じ込めポテンシャルの影響で原子は上に凸の連続的な分布を示すことが分かる。一方、図2(b)は光格子が深く原子がモット絶縁体状態に相転移した場合の原子数分布である。原子間に働く強い斥力相互作用により各サイトでの平均原子数は1から5までの離散値となり、原子はステップ状に分布している。これは3次元光格子内で冷却原子がシェル構造を形成して分布していることを表している。図2の計算結果はいずれもMITグループの実験結果と良い一致を示し、我々の解析手法の優れた定量性が実証された。
 本研究の一部は科学技術振興機構CRESTの援助を受けて行われた。

[1] M. Yamashita and M. W. Jack, Phys. Rev. A 79 (2009) 023609.
[2] G. K. Campbell et al., Science 313 (2006) 649.
 

図1  光格子にトラップされた冷却原子気体の概念図。
 
図2  3次元光格子中の原子数分布(y =0面):(a) 超流動状態、(b) モット絶縁体状態。

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