光格子中にトラップされた冷却フェルミ原子気体の有限温度解析

稲葉謙介 山下眞
量子光物性研究部

 制御性が非常に高い光格子中の冷却原子気体は、量子シミュレータと呼ばれており、多体効果を解析する理想的な系として知られている。実際、40Kフェルミ原子を用いた光格子系において、モット転移が実現され話題となった[1]。最近では、高温超電導体のメカニズムのさらなる解明にもつながるため、光格子系において反強磁性秩序状態を観測することに注目が集まっている。最近の実験技術の急速な進展に伴って、この観測の実現に期待が高まっている。そこで、実験に先駆けた理論的解析によって、光格子中の反強磁性転移について詳細な知見を得ることが必要とされている。しかしながら、光格子系特有のトラップポテンシャルの効果を考慮することは非常に困難であるため、この問題を取り扱うための信頼できる理論解析手法はこれまでなかった。
 このような背景のもと、本研究では、2次元光格子に閉じ込められた2成分の内部自由度を有するフェルミ原子気体の反強磁性転移について解析した[2]。まず、自己エネルギー汎関数法を拡張し、光格子系を調べるための新たなアルゴリズムを開発した。この手法は、有限温度の強相関電子系を取り扱う強力な手法として知られていたが、従来のアルゴリズムでは、閉じ込めポテンシャルを考慮した解析は困難であった。我々はこの問題を解決し、拡張した自己エネルギー汎関数法を、2次元光格子系に適用し、様々な熱力学的な物理量を解析した。得られた結果は、先行研究によって得られていた実験・理論の解析と良い一致を示すことが分かった。そして、2次元光格子系の反強磁性転移について詳細な解析を行った。その結果、図1に示すように、反強磁性秩序は、モット状態になりやすいポテンシャルの底から徐々に発達することが分かった。最後に、系統的な解析により、光格子系の反強磁性転移温度を見積もり(図2)、観測に有利な高い転移温度を有するパラメータ領域が存在することを見出した。
 本研究の一部は科学技術振興機構CRESTの援助を受けて行われた。

[1] U. Schneider et. al., Science 322 (2008) 1520; R. Jordens et al., Nature 455 (2008) 204.
[2] K. Inaba and M. Yamashita, submitted to Phys. Rev. A.
 

 
図1  (a) 光格子系の反強磁性秩序状態を示す
模式図。(b) 数値計算によって求めた磁化
の空間分布。転移温度以下の温度領域に
おいて解析を行った。
図2  反強磁性転移温度 Tc。相互作用の強さU
および、トラップを特徴づけるエネルギーEt
を系統的に変化させている。 バンド幅W
エネルギーの単位にしている。

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