超伝導アトムチップの損失のメカニズム

向井哲哉 Christoph Hufnagel 清水富士夫*
量子光物性研究部 *電気通信大学

 中性原子を用いた量子演算を実現するには、原子を強く、かつ、安定に捕捉する技術が不可欠である。チップ表面に加工した微細な回路が作るポテンシャルで原子を捕捉するアトムチップは、実用的なリソースで原子を強く閉じ込められると考えられることから、量子制御の重要デバイスとして期待されている。アトムチップを用いた量子デバイスを開発する第一歩は、チップ表面からのノイズの影響を克服することである。我々は、スピン反転損失を何桁も改善できると期待される超伝導回路を用いることで、この問題の解決を試みている。昨年度までに我々は、チップ上の超伝導永久電流により原子を捕捉し[1]、捕捉寿命を1桁改善することに成功した。しかしながら、我々の実験結果は、超伝導アトムチップのトラップ損失のメカニズムが、従来のアトムチップとは異なることを示唆していた。本年度は、その超伝導アトムチップのトラップ損失のメカニズムを解析し、その詳細を明らかにした[2]。
 はじめに、我々はトラップ高さのバイアス磁場依存性を計測することで、超伝導線内部での電流分布を解析した(図1)。磁束の侵入の有無によって異なる電流分布から計算した結果を実験結果と比較することで、磁束の侵入が明らかになった。
 次に、トラップの損失率のトラップ高さ依存性(図2)を解析したところ、トラップの損失率は、同じ永久電流を用いた測定では一定の関数に従うが、いったん永久電流を消去して再度永久電流を読み込むと、別の関数に従うことが明らかになった。これらの実験事実から、我々は超伝導体に侵入した磁束が樹枝形状となることで、局所的にトラップポテンシャルを変形させ、磁場ゼロの点を生じ、その点でスピン反転損失を起こしているという結論に至った。また、超伝導体に侵入する磁束が樹枝形状になることは、超伝導ディスクを用いた新しい原子トラップによる実験によっても確認することに成功した[3]。
 本研究の一部は科学技術振興機構CREST、および、科研費の援助を受けて行われた。

[1] T. Mukai, C. Hufnagel et al., Phys. Rev. Lett. 98 (2007) 260407.
[2] C. Hufnagel, T. Mukai, and F. Shimizu, Phys. Rev. A 79 (2009) 053641.
[3] F. Shimizu, C. Hufnagel, and T. Mukai, Phys. Rev. Lett. 103 (2009) 253002.
 

図1  トラップ高さのバイアス磁場依存性。■が
実験結果で、実線および点線は、それぞ
れ磁束の侵入が有る場合と無い場合の
計算結果である。
 
図2  トラップ損失率のトラップ高さ依存性。異なる印は、
異なる日に得たデータを示している。永久電流は、
それぞれの日に数回駆動している。

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