サブ10フェムト秒レーザによるp型Siのコヒーレントフォノンダイナミクスの観測

加藤景子 石澤淳 小栗克弥 後藤秀樹 中野秀俊
量子光物性研究部

 コヒーレントフォノンとは、格子振動より十分に短い時間幅を有するパルスレーザによって駆動される、位相の揃ったフォノンのことである。コヒーレントフォノンの測定では格子振動の時間変化を直接観察できることから時間領域分光法と呼ばれ、従来のラマン散乱、赤外吸収などの周波数領域分光法に対して相補的な情報を得ることができる。
 Siでは、p型ドーパントの添加によってフェルミ面を価電子帯へシフトさせると、k 空間上で非等方なバンド構造を反映したラマンスペクトルが観測されている[1]。そこで我々はp型Siにおいてコヒーレントフォノンの観測を行い、非等方な分布を有するキャリアによって支配されるコヒーレントフォノンのダイナミクスについて調べた[2]。
 パルス幅10 fs、中心波長780 nmのチタンサファイアレーザを用いて、ポンプ・プローブ法による過渡反射率測定を行った。サンプルとしてp型Si(キャリア濃度3×1019-1.5×1020/cm3)と、ドープしていないSi(ノンドープSi)を用いた。
 図1にノンドープSiとp型Siの過渡反射率測定の結果を示す。ポンプ光とプローブ光の干渉による反射率変化が現れ、続いてコヒーレントフォノンに由来する振動成分が観測された。さらにp型Siでは、非等方な分布を有するキャリアの減衰成分が観測された[図(b)点線]。これはp型ドーパントによってフェルミ面が価電子帯に下がり、k 空間上で非対称な分布を有する重いホールのバンド構造[2]を反映してホールが生成した結果と考えられる。また、コヒーレントフォノンの振動をcos (ω0t + φ)(ω0はフォノンの振動数、φは初期位相)にフィットしたところ(挿入図黒実線)、p型Siでは非等方な分布を有するホールによって初期位相φがcosine型へシフトすることが分かった。
 本研究は科研費の援助を受けて行われた。

[1] F. Cerdeira, T. A. Fjeldly, and M. Cardona, Phys. Rev. B, 8 (1973) 4734.
[2] K. Kato, A. Ishizawa, K. Oguri, K. Tateno, T. Tawara, H. Gotoh, and H. Nakano, Jpn. J. Appl. Phys. 48 (2009) 100205.
 

図1  (a) ノンドープSiと (b) p型Siの過渡反射率。挿入図は時間0付近の拡大図。灰色線はフィッティングの結果、
黒実線はコヒーレントフォノンの成分、黒点線は非等方なキャリアの減衰成分、黒丸は実験結果を示す。

【前ページ】 【目次へもどる】 【次ページ】