電気機械共振器を用いたパラメトリック周波数変換とロジック演算

Imran Mahboob Emmanuel Flurin 西口克彦 藤原聡 山口浩司
量子電子物性研究部

 現代のコンピュータを構成する基本素子として、半導体集積回路が用いられていることは周知の事実であるが、世界で最初に提案されたコンピュータが機械装置であったことは、あまり知られていない [1]。Mooreの法則が限界に近づき、省エネルギー素子の重要性が高まる昨今、ナノスケールの機械を用いたコンピュータの研究が注目されている。しかし、様々な試みにもかかわらず、任意のブール代数を表現できる汎用的な論理素子は未だ実現されていないのが現状である。我々は、電気機械共振器における非縮退パラメトリック増幅を用い、このような演算を実現できる素子を新たに提案した [2、3]。
 非縮退パラメトリック増幅は量子光学の分野で広く用いられ、光の周波数(波長)変換を可能とする技術である。高い周波数(fp)のポンプ光と、低い周波数(fs)のシグナル光より、Kerr効果などの非線形過程を用いて異なる周波数のアイドラー光(fi)を生成する。ここでエネルギー保存則より、アイドラー光の周波数はhfi = hfp - hfsで与えられる(hはプランク定数)。
 我々は、この概念を微小な機械共振器(図1)に対して適用し、機械的な論理演算を実現した。まず、入力情報に対応する複数の2値情報を、異なる周波数のナノメートルスケールのポンプ振動として共振器に印加する。次に、これとは独立にシグナル振動を印加すると、機械共振器の有する非線形性により様々な周波数のアイドラーが生成される。これらはそれぞれ異なる論理演算の出力に対応するが、重要な点は、これらが単純に2入力1出力の基本論理ゲートだけでなく、それらの複合演算も表現できることである。さらには、それらの複数の演算は、たった一個の素子で並列に処理を行うことが可能である(図2)。これらの結果はナノ機械コンピュータによる論理演算が高い並列処理性を有することを示しており、従来の技術とは全く異なる特徴を持った新しい演算システムとして期待される。

[1] http://www.sciencemuseum.org.uk/onlinestuff/stories/babbage.aspx
[2] I. Mahboob et al., Nature Commun. 2 (2011) 198.
[3] I. Mahboob et al., Appl. Phys. Lett. 97 (2010) 253105.
 

図1  実験に用いた電気機械パラメトリック増幅器の
電子顕微鏡写真。交流電圧を電極に印加すると、
圧電効果により面直方向の振動が引き起こされる。
シグナル振動(周波数:fs)とポンプ振動(周波数:fp
を加えることにより、その差周波の振動がアイドラー
振動(周波数:fi)として生成される。
図2  3つのポンプ振動(A、BおよびC)を
異なる周波数として加えたときの出
力スペクトル。C∪(A∩B)およびB∪
(A∩C)の2つの出力が同時に得られ
ており、並列複合論理演算が実現さ
れている。

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