ラップゲート構造を有するIn0.75Ga0.25As 量子ポイントコンタクト

入江宏 原田裕一 杉山弘樹 赤崎達志
量子電子物性研究部 NTTフォトニクス研究所

 高In組成InGaAsを用いて量子ポイントコンタクト(QPC)等の低次元量子構造を作製することで、InGaAsの材料特性を反映した新機能を付与することが出来る。例えば、QPC構造を通過する電子は、InGaAs中の強いスピン軌道相互作用を受け選択的スピン反転を生じることが理論的に予測されている[1]。これはInGaAs系QPCがスピン偏極生成素子として動作することを意味し、半導体スピントロニクスへの応用が期待される。また、高In組成InGaAsは、金属や超伝導体に対しショットキー障壁を形成しない。そのため、界面抵抗の少ない良質な超伝導・半導体接合が不可欠なアンドレーエフ反射の研究に用いられてきた。これを応用し、InGaAs系低次元量子構造と超伝導電極を組み合わせることにより、低次元性に由来した電子状態やスピン相関をアンドレーエフ反射によって検出できる可能性があり、基礎物理探求の観点から興味深い。我々は、高In組成InGaAsを用いたQPCの作製手法を改良することで、従来困難であった良好なQPC動作を実現した[2]。
 QPC作製には、In0.75Ga0.25Asを2次元電子ガス層に持つInGaAs/InAlAs/InPヘテロ構造基板を用いた。電子線リソグラフィおよびドライエッチングにより幅〜100 nm、長さ〜160 nmの細線メサ加工を施した後、原子層堆積法(ALD) 法により厚さ20 nmのAl2O3を堆積する。ALD法の高い被覆性により、メサ上部だけでなく側壁にも均一な絶縁膜が形成され、3方向からの電界制御が可能となる。最後に、幅〜120 nmのゲート電極を形成しQPCが完成する。図1に、本QPC構造の電子顕微鏡像と断面模式図を示す。図2には、低温かつ零磁場下におけるQPCの電気伝導特性を示す。電気伝導度が量子化伝導率2e2/hを単位として階段状に変化しており、理想的なQPC動作が確認された。また、ラップゲート構造に由来する強い横方向閉じ込めにより、1次元チャネル間のエネルギー分離幅が増大し、30 K程度の高温までQPC動作することも明らかとなった。本手法は、量子ドット構造への拡張や超伝導電極間へのQPCの組込みが可能であり、スピン軌道相互作用や超伝導・半導体接合に関する新たな研究手法として発展が期待される。
 本研究は科研費の援助を受けて行われた。

[1] M. Eto et al., J. Phys. Soc. Jpn. 74 (2005) 1934.
[2] H. Irie et al., Appl. Phys. Express 5 (2012) 024001.
 

 
図1  ラップゲート型QPCの電子顕微鏡像と断面模式図。
図2  電気伝導度のゲート電圧依存性。

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