窒化物半導体発光トランジスタ

熊倉一英 山本秀樹 牧本俊樹
機能物質科学研究部

 発光トランジスタ(LET)は、高速電子デバイスであるヘテロ接合バイポーラトランジスタを基本素子としており、そのベース層に量子井戸を挿入することで、発光素子としての機能も併せ持った素子である[1]。この発光トランジスタは、動作原理的に従来の発光ダイオードよりも高速に光変調が可能である。従って、照明用発光ダイオードに使用されている窒化物半導体を用いて発光トランジスタを作製すれば、高速な可視光通信[2]用光源への応用も期待できる。今回我々は、窒化物半導体発光トランジスタを作製し、その光出力特性を評価した。
 今回、Pnp AlGaN/InGaN/GaN発光トランジスタを作製した[3]。ベース層であるInGaN層に、ベース層よりもIn組成の高い3 nmのInGaN量子井戸を挿入している。この素子のベース−エミッタ間に順バイアスをかけることにより、エミッタからベースに正孔が注入される。注入された正孔は、ベース層を拡散し、量子井戸で捕獲され発光再結合する。量子井戸で捕獲されなかった正孔の一部は、コレクタに到達する。図1は、LETに順バイアスをかけたときの発光の様子である。量子井戸からの強い紫色の発光を観測した。ピーク波長は410 nmであった。次に、ベース層における量子井戸の挿入位置をエミッタ側、ベース中央、コレクタ側と変化させた。図2に、量子井戸の挿入位置が異なる発光トランジスタからの光出力のベース電流依存性を示す。量子井戸のないLET(通常のHBT)の光出力特性も参考のため載せている。量子井戸の挿入位置がエミッタに近いほど、光出力が強いことがわかる。これは、エミッタから注入した正孔のベース層を拡散する速度が、コレクタに近づくにつれ速くなり、それに伴って量子井戸での正孔の捕獲確率が減少するためである。従って、LETの光出力は、量子井戸がコレクタに近いものほど弱くなる。量子井戸がエミッタ側にあるLETからの光出力は、ベース電流が0.3 mAのときに0.3 mWに達しており、外部量子効率3.3 %に相当している。今後、発光トランジスタの電気的出力および光出力の変調特性を評価しつつ、高速応答化を図ることで、可視光通信等への応用への道が拓けるものと期待される。

[1] M. Feng et al., Appl. Phys. Lett. 84 (2004) 1952.
[2] Y. Tanaka et al., IEICE Trans. Commun. E86-B (2003) 2440.
[3] K. Kumakura et al., Int. Conf. Solid State Devices and Materials, 2011 Nagoya, A-4-2.
 

 
図1  ベース層に量子井戸を挿入した窒化物半導体発光トランジスタの動作時の発光の様子。
図2  量子井戸の挿入位置を変えて作製した発光トランジスタからの光出力のベース電流依存性。

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