無磁場電子スピン共鳴による輸送電子スピンのコヒーレント操作

眞田治樹 国橋要司 小野満恒二
量子光物性研究部 量子電子物性研究部

 電子スピンを用いて量子情報演算を行うためには、電子スピン共鳴(ESR)が不可欠である。しかし、一般的なESRで必要となる外部磁場の空間領域は電子一個の占める範囲よりもはるかに広いため、実磁場を用いたスピン操作はデバイス応用には不向きである。今回我々は、スピン軌道相互作用のつくる有効磁場を利用することによって、外部磁場が一切無くてもESRが生じることを明らかにした[1]。
 図1に試料構造を示す。厚さ20 nmのGaAs/AlGaAs(001)単一量子井戸であり、表面にAlからなるトランスデューサ(IDT)を形成してある。トランスデューサに高周波を印加すると y (|| [-110])方向に表面弾性波(SAW)が速度vSAW = 2.97 km/sで伝搬する。このSAW伝搬領域に、スリットを開けたTi薄膜を形成すると、ピエゾ電界の遮蔽によってスリットの直下のみにドット状のポテンシャルが伝搬する。この手法で「直線チャネル」と、ESR条件を満たすように設計した「蛇行チャネル」を作製し、輸送中のスピンダイナミクスを計測した。円偏光のポンプ光はチャネル上の特定の位置 (y = 0) にスピンを注入し、輸送後のスピン密度をプローブ光のKerr回転角によって検出する[2]。試料は電磁石の中に置かれ、x (|| [110])方向に外部磁場(Bext)を印加することができる。
 図2は2つのチャネルに対して測定した、Kerr信号のy およびBext依存性である。直線チャネルのグラフに見られる振動は静磁場の周りのスピン歳差運動に起因する。一方、蛇行チャネルでは、Bext = 0 Tと46 mTの付近で歳差運動の位相が特徴的に変化する様子が明瞭に観測された。この振る舞いは、スピン軌道相互作用がつくる振動磁場の影響によるものであり、Blochシミュレーションでも良く再現できる。これらの実験によって無磁場でもESRが生じることが実証された。本技術は、固体内を伝搬するスピン量子情報の効率的かつ柔軟な操作手法として期待できる。
 本研究は科研費の援助を受けて行われた。

[1] H. Sanada et al., Nature Physics 9 (2013) 280.
[2] H. Sanada et al., Phys. Rev. Lett. 106 (2011) 216602.
 

図1  サンプルの概略図(左)と直線・蛇行チャネルの光反射率イメージ(右)。
 
図2  直線チャネル(上図)と蛇行チャネル(下図)に沿って移動する電子スピンに対するKerr信号の距離および外部磁場依存性。

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