基板上グラフェンの熱的不安定性

鈴木 哲
機能物質科学研究部

 グラフェンは炭素の蜂の巣格子で構成された単原子層厚の薄膜である。炭素原子間は強固なsp2結合で結びついているため、一般にグラフェンは熱的、化学的に非常に安定であると考えられている。しかしながら、実際に作製される基板上に転写されたグラフェン試料は一般に基板、電極金属、環境中の気体分子、プロセス中に保護膜として用いられるポリマーの残渣などと接触しており、状況は複雑である。今回我々は、汎用的に用いられている手法を用いて合成、転写された基板上グラフェン試料が高真空中の加熱に対して不安定であることを明らかにするとともにその原因について考察した[1]。
 本研究ではグラフェンの成長、転写ともに汎用的に用いられている手法を用いた。メタンを原料とするCVD法により銅箔上に単原子層グラフェンを成長した。保護膜としてPMMAをスピンコートした後、塩化鉄水溶液中で銅箔をエッチングし、水中で基板上にPMMA/グラフェンを転写した。最後にアセトン中でPMMA膜を除去した。図1にSiO2基板に転写されたグラフェンの高真空中加熱前後のラマンスペクトルを示す。加熱に伴い、GおよびDバンド領域にブロードなスペクトルが現れていることがわかる。このブロードなスペクトルは、グラフェン中の欠陥生成によりラマン散乱の選択則が緩和されたことを示唆している。図2にAu基板上に転写されたグラフェンの加熱前後のO 1s XPSを示す。O 1s強度は加熱するとすぐに半分程度に減少するが、その後は加熱温度を上げてもほぼ一定強度を保たれる。また結合エネルギーからこれらの酸素はH2OやO2の状態にあると考えられる。これらの結果はグラフェンと基板の間にH2OやO2などの酸素を含む分子が挿入されていることを示している。ラマン測定で観測されたグラフェンの劣化はグラフェンがこれらの分子と高温で反応して欠陥が生成されるためと考えられる。

[1]
S. Suzuki, C. M. Orofeo, S. Wang, F. Maeda, M. Takamura, and H. Hibino, J. Phys. Chem. C 117 (2013) 22123.
図1
 SiO2基板上に転写されたグラフェンの高真空中加熱前後のラマンスペクトル。
図2
 Au基板上に転写されたグラフェンの高真空中加熱前後O 1s XPS。