ナノホールアレイ薄膜層による架橋脂質膜の形成

田中あや1 樫村吉晃1 倉持栄一2 住友弘二1 
1機能物質科学研究部 2量子光物性研究部

我々はこれまで生体分子の機能を利用したナノバイオデバイスの構築に関する研究を進めてきている。シリコン基板上の微小井戸を脂質二分子膜でシールし、そこに挿入されたイオンチャネルの機能計測に成功している [1]。しかし、ナノバイオデバイスとして活用するためには、生体内と同程度の環境変化に長時間耐えられるように、脂質二分子膜の安定性を向上する事が必須である。ナノホールアレイを形成した薄膜層で,微小井戸を覆う事により、安定な架橋脂質二分子膜の形成に成功したので報告する[2]。

電子ビームリソグラフィによりナノホールアレイを薄膜層(熱酸化膜)に形成し,その下のSi基板を選択的にエッチングすることにより、微小井戸構造を形成した。その形状から、「ペッパーシェイカー構造」と名付けた(図1)。エッチング条件を選ぶことで、開口径に関係なく微小井戸の容量を生体内のシナプスと同程度にできる。また、ナノホールの開口径(100 nm)は、実際の細胞膜において細胞骨格で囲まれたドメインサイズと同程度に設計した。ペッパーシェイカー構造上で巨大ベシクルを展開したときの蛍光顕微鏡像を図2に示す。微小井戸の中に緑色に発光する蛍光プローブが封入され、脂質二分子膜でシールされている事がわかる[図2(b)]。一つの微小井戸に数百個のナノホールを形成しているが、一つでもシールが壊れると蛍光プローブは流失してしまう(矢印B)。それでも、架橋膜の開口径を小さくすることでその安定性が向上し、ほとんどの微小井戸で脂質膜シールが成功している。さらにナノホールをアレイ化する事で、一つ一つの架橋膜の開口径は小さくしながら、脂質二分子膜の架橋部の総面積を十分に維持し、ナノバイオデバイスの構築に必要な膜タンパク質の導入を可能にしている。脂質膜のシール効率の向上と同時に、ナノバイオデバイスの寿命の延長にも効果があり、10日間後にもほとんどの微小井戸で封入したプローブからの蛍光が観察された。

このような安定な脂質二分子膜でのシールは、膜タンパク質の機能解析をはじめ、生体内物質輸送や各種の生体内での現象の解析に有効なナノバイオデバイス構築に期待される。

[1]
K. Sumitomo et al., Biosens. Bioelectron. 31, 445 (2012).
[2]
A. Tanaka et al., Appl. Phys. Express 7, 017001 (2014).

図1 ペッパーシェイカー構造。(a) Top view。 (b) Side view。 (c) 断面SEM像。

図2 蛍光顕微鏡像。(a) 脂質二分子膜。(b) 微小井戸内に封入された蛍光プローブ。